「タクシー!!」
必要以上にサディスティックにタクシーを止めた夏祭(なつまつり)警部は明らかに苛立っていた。
タクシーの止め方にも人格が出るもので、控えめに…風が吹いたら飛ばされてしまいそうなくらい控えめに右手を上げる人もいれば、自分のうしろにAKBか韓国アイドルでもいるのだろうかと思ってしまうくらい必要以上に陽気に手をふる人もいる。
一方で、この夏祭警部のように、道路側に、行く手を塞ぐように水平に左手を伸ばし、
力づくでも止めてやる
みたいなオーラを発して手を上げる人間もいるのである。
この手の利用者の要求に応えるのはタクシードライバーとしては屈辱を感じたりもするのだが、だからと言って素通りすればこの利用者は迅速にタクシーセンター(通称タクセン)へそのタクシーのナンバーを伝えることだろう。
そう、なぜかタクセンを短縮ダイヤルに登録しているのだ
話は変わるが、乗車拒否されたとしてタクセンに苦情を入れたところでその利用者には何のメリットもない。場合によってはその運転手と会社が何らかの処分をされるかもしれない、という不確定な腹いせと、うまくいけばタクシー会社の冴えない事務方が自宅を訪れて、うわべだけの謝罪の言葉と冴えない菓子折りを置いていってくれるだろう。
とにかく今回このタクドラをバカにしたような、いけすかない、高圧的な利用者である夏祭警部の犠牲になったのはN社の影村というドライバーだった。
しかし影村はその伸ばされた左手の位置で止まる屈辱を避けて、分かっていながら、微妙に10メートルほど通りすぎてから車を止めた。
「こんばんは」
本来タクシーなど通るはずもない山道である。
影村は後部座席のドアを開けると、後方から不機嫌に歩いてきた夏祭を心のこもっていないあいさつで迎えた。
「なぜ止まらなかった?」
夏祭はもちろんあいさつなど返さずに、高校生の息子を叱るような言葉を投げつけてきた。
夏祭は30代半ばで警部の肩書きを持つ宝塚署のエリートである。見た目は、「10メートルくらい離れて見ると福山雅治に似ている」という、かつて交際していた(そして捨てられた)女性に言われた辛辣な皮肉を未だに誉めことばと信じて自分から他人に語っている。
実家は「夏祭商事」という夏祭用のうちわや法被などを作っている今どき苦しい典型的な中小企業だが、本人は自分が「御曹司」だと平気で人に語る。
「申し訳ありません。気づくのが少し遅かったようです。まさかこんなところで手を上げられると思っていなかったので・・・しかし結果的にこうしてお客様にお目にかかれて大変光栄です」
言葉は非常に丁寧だが、
何を言っているのかよくわからない
と思わせるこの影村は宝塚のタクシー法人N社に所属しているハンドル歴10年の謎の多いドライバーである。やはり30代半ばと運転手としては比較的若く、その容姿は利用者からよく「高嶋兄弟に似てる」というどっちなのかよくわからない誉め方をされるので、本人も気を良くしてそのまま他人に自慢している。
「ほんまにどいつもこいつも・・・エルヴィスタまでやって」
「エルヴィスタマンションですね、かしこまりました」
エルヴィスタとは宝塚の丘の上にそびえ立つちょっとハイソなマンションで、その名のとおり眺望は抜群だが何せ山の上に建っているので不便で仕方ない。その分駅からタクシーを利用する住人も多いのだが道中ひたすら坂を登り続けるためメーター料金の他に燃料サーチャージを請求したいくらいである(法人ドライバーにとって燃料費がいくらかかろうと関係ないのだが)。
人生の約半分に及ぶ35年の住宅ローンを抱えてまでこんな不便なところに住むような人間はきっと、極度に水害を恐れて水はけの良いところを求めてきたのか、または
人間を見下ろすことに優越感を感じている
に違いないという恐ろしいまでの偏見を影村は抱いていた。
「それにしてもタクシーってのはいつ乗っても乗り心地が悪いな・・・なんかバナナのにおいがするぞ・・・お前バナナ食ってたのか?」
「・・・はい。さすがでございます、お客様」
「なぜそんなことをしていた?」
「大変申しわけありません、こんなところ(山道)にまさかお客様がいらっしゃるとは思いませんでしたし・・・何よりとてもお腹がすいていたので」
「皮はどうした?まだこの車内にあるのか?それともまさか外に捨てたわけではあるまいな」
「皮は・・・申しわけありません、食べてしまいました」
「なにぃ!」
「ところでお客様はなぜこんなところでタクシーを止められたのですか?」
「ところでって(お前ほんまにバナナの皮食べたんか)・・・まあいい。捜査から帰宅しようとしたら、愛車のジャガーが故障してしまったんだ。それで仕方なく乗りたくもないタクシーを止めたんだ」
「お客様とてもラッキーでございます。あの場所でタクシーを待っていてももしかしたら朝までタクシーは来ないかもしれません」
「わたしがタクシーを呼んだらどこであろうとタクシーは来る。わたしはそれだけの権力を持っている」
「特に権力がございませんでも、呼んだらタクシーは来るものですが・・・もしかしたらお客様はタクシーを予約されていたんですか?」
「もちろん、わたしはそれだけの権力を持っている」
「(やば・・・今ごろあの山中に他社のタクシー向かってるわ)特に権力がございませんでもタクシーは呼ぶことができます。これからタクシーを呼ばれた際にはしっかり会社を確認されてから乗車してください」
まさか「タクシー運転手ごとき」に言葉を返されるとは思っていなかったエリート警部の夏祭はこのわけのわからない会話の中で不機嫌を増幅させていった。
「お前客に対してその言い方はないやろ。しかもわたしは警察官や、しかもただの警察官ではない、しかもエリート警部やで。そんなわたしにお前はなんという口を聞くんだ」
「しかも大変申しわけございません」
「お前はわたしをバカにしているのか?それともお前はジャガーに乗ったことがあるのか?」
怒りのテンションが上がってきた夏祭は何の脈絡もない、意味のわからない質問を浴びせてきた。
「ございます」
「嘘をつくな。お前のようなタクドラがジャガーに乗ったことがあるわけがないやろ」
「かつて代行運転をしていたことがありまして、そのときに乗らせていただきました」
「代行か・・・それならこのような車とどれほど乗り心地が違うかお前にもわかるだろう」
「はい、あれほど狭くて乗り心地の悪い車もありませんでした。燃費は恐ろしく悪いですし。こちらの車はその名も『クラウンコンフォート』と申しまして、直訳しますと、『王様、乗り心地最高!』でございます」
「うぬぅ・・・燃費の話などしてない!わたしはガソリンが(リッター)200円になろうと、300円になろうと全く困らないのだ」
「大変申しわけありません。ジャガーなど乗っていたら、燃料費より修理代の方がよっぽど高くつくことを忘れていました」
「不快や!この上なく不快や!やはりタクシーのような貧乏人の乗り物などに乗るんでなかった。だからお前らは人殺しなどするんだ」
ここまで心の中でこの高飛車な警察官をバカにしながら走っていた影村もこの、「人殺し」という言葉には反応せざるを得なかった。
「人殺し・・・でございますか。それは聞き捨てなりませんな」
影村の反応に夏祭は満足したように勝ち誇った笑顔を見せた。
「そうだ。その捜査でわたしはあんなところ(山中)にいたんだ」
「それはどういうことでございますか?よろしかったらお話いただけませんか」
「タクシー運転手が利用者の女を殺した。それが今回の事件だ」
初めまして!
返信削除七夕夜想曲です(* ̄∇ ̄)ノ
毎回楽しく拝見させて頂いてます(^ー^)
今回の内容とても面白く読ましていただきました。
タクシーの中で、腹を抱えて笑っていたら
同僚に「お前頭おかしくなったんか?」
と言われた次第です(*´∇`*)
この続き楽しみにしてます!
これからも、よろしくお願いします♪ヽ(´▽`)/
七夕さんですか!
削除先日は小雪さんのところのコメントを引用させてもらいましたm(__)m
なんかこう、現実としては書けない運転手と利用者、または会社との関係をフィクションでおもしろおかしく書いてみようと思います。
次回はいよいよ事件の詳細が語られます(前置き長いねん)…是非推理してみてください。
七夕夜想曲です(*´∇`*)
返信削除いえいえ、こちらこそ私のコメントを使用して下さって本当にありがとうございます(^ー^)
ただ、一つ言える事は、あのコメントは、嘘偽りない、本心と言う事、そして、私が新人だった頃
小雪さんのブログを読んで、どれだけ心の支えになったか…言葉では言い現せない位、今も感謝の気持ちでいっぱいな事は変わらず、
小雪族を、休まれると読んだ時に、私の本心を
ついつい書いてしまった次第です。
タクシーの仕事だけに、とらわれずどんな仕事であっても、大変な思いは一緒だと思います。
ただ、タクシーと言う仕事は、口で言ってもわからない、ただならぬ苦労がありますから。
逆に言えば、面白さもありますしね♪
blackcabさんの、ブログも私の心の元気の源になっているのも事実でございます(^ー^)
あっ!すいません、長々と書いてしまいました(><*)ノ~~~~~
これからも、ブログの方、拝見させて頂きますので、よろしくお願いいたします( ̄∇ ̄*)ゞ
続編!楽しみにしてます♪ヽ(´▽`)/
ありがとうございます!
削除タクシーの面白さ、それは運転席に乗ったことがあるものなら誰でも知っているはずです。
ただ多くの運転手が七夕さんのようにそれをうまく表現できない。
だからこそこうしてネット上で何かをする意味を感じます。