2014年12月31日水曜日

2014年を振り返って

今年タクシー業界において、どのような流れがあったのか簡単に振り返ってみよう。

今年のニュースとしてのトップは、なんと言っても世界的に旋風を巻き起こしている配車アプリ「Uber(ウーバー)」の上陸だろう。

ウーバーは世界の各都市で、ドライバーという資源を持たずに、スマートフォンをプラットフォームにした新しいサービスを提供している、いわゆる「ベンチャー企業」である。

2009年にシリコンバレー(アメリカ)で生まれたこの会社は、ビジネスの世界では非常に高い評価を得ているが、「タクシー」というレトロな世界にはなかなか馴染まない。

子供たちが楽しく遊んでいる公園にある子どもがPCを持ち込んで、すべり台を降りるスピードや、ぶらんこの回転角度を計測して子どもたちをランクづけし始めたような感じだろうか。

見ている親たちや優秀な子どもにとっては面白いかもしれないが、長い時間をかけて築かれた公園の「序列」を打ち砕かれたガキ大将たちにとってはたまったものではない。

各地でウーバーを排除しようとする動き(今年ロンドンやパリで起きたデモなど)が出ている中、日本(東京)ではまだ大きな動きは出ていない。

ここでは「過剰」とも言われている日本のタクシー規制がバリアになっているのかもしれないが、まだ拒否反応が出るほどに日本ではウーバーが普及していないとも言える。

それなら今後、いや来年あたり日本でもウーバーが暴れまくるのか?

俺はそうは思わない。

日本では法人タクシーの割合が多く、東京ではその大手(日本交通など)が既に自社製の配車アプリを提供している。何より年金をもらっている法人の高齢ドライバーが思い切って登録するほど、メリットや(デジタル)ナリッジあるとは思わない。

個人タクシーがウーバーに流れたとしても、約5分の1では利用者の利便性は限られる。

日本のスマートフォンの普及率(約40%)も先進国の中では低いが、それは(日本特有の)高齢化社会も一つの理由と言える。

タクシー利用も日中は高齢者が多く、今後さらに進んでいく高齢化の波の中で高齢者がウーバーでタクシーを呼ぶ日が来るとは思えない。

深夜においては需要も多く、供給(運転手)が減少していく中でアプリ呼び出しによる「縛り」は有能なドライバーは感覚的に拒否するだろう。

ということで今年表の話題はウーバーのような配車アプリによるものが多かったが、潜在的には「供給不足(人手不足)」が少しずつ実感を伴ってきたのが裏の話題と言えるだろう。

来年以降タクシーにおける人材不足はどんどん表の話題になってくる可能性がある。

これは現在運転席に座っているドライバーにとってはある意味「朗報」だが、ここで「質」を落としてしまってはこの世界は変わらない。

言いたいのは、

今後これ以上運転手は増えない、もう排除する必要はありませんよ

ということである。

いかに優秀な若い人材をこの業界に取り込んでイメージを上げていけるか

それこそが現役ドライバーにとっても利益になるということに気付かなければならない。

そのためには、単なる「移動する箱」ではなく、「情報の詰まった空間」であることを可視化していくことが必要なのかなと感じている。

タクシー1台、1人の運転手が持つ情報は限られているが、その一つ一つの点を集めていけば車内にはネットなどでは得られない情報が溢れている。

その「情報の海」に俺は魅力(ビジネスチャンス)を感じているのだが・・・

日本中の公園における「知恵」を集めたら、今までにない「テーマパーク」が出来るんじゃないかと夢を膨らませて、新しい年を迎えようと思います。

2014年12月25日木曜日

タクシーストーリー第23話~メリークリスマス



12月に入るとタクシーの利用は増える

感覚的に分かってはいたが、

これほどとは思わなかった

今まで一生懸命研究してきた「(客のいる)ルート検索」など全く意味をなさない

何しろ、どこに行っても客がいるのだ

道行く人はすべてタクシーを探している

そんな錯覚を起こしそうなくらい

街は人に溢れ、

そしてその多くがひょいひょいと手を挙げて、タクシーを停める

こうなるとある種のリズムみたいなものが生まれてきて、

停めて、走って、乗せる

その繰り返しである

このリズムが生まれてくると、行き先を言われた途端にルートもパッと頭に思い浮かぶ。

不思議なものでなかなか乗せられないときは、行き先を言われても、「・・・えーと、あそこから・・・そうか、あの道入って・・・」

と時間がかかるが、仕事のインターバルが短くなるほどに頭の回転も早くなる。

クリスマスが近づくにつれて、若い男女の乗車も増えてくる。

しかし、期待したイブの夜はさっぱりだった

車の数は減り、街を歩く人並みも見るからに少なかった。

夕方暗くなり始めた頃、苦し紛れに御堂筋を走っていると、本町あたりで手があがった。

若い女性だった

ドアを開けると、女性はそれほど急いだそぶりも見せずに後部座席に腰を降ろした。

黒っぽいビジネススーツを来て、茶髪のショートヘアは見事にカールがかけられていたが、

その顔は見覚えがあった

「あっ」

俺は思わず声をあげた。

「あぁ・・・、あの」

女性も何かを言いたそうにしていた。

名前が出てこないのだろう。

「地理試験のとき会いましたよね。・・・あ、なんばまでお願いします」

「あぁ・・・とんでもない偶然やね」

俺も名前が出てこなかったが、目の前にいる女性が地理試験を抜群の成績でパスした女性であることはとりあえず認識できた。

「偶然・・・偶然かぁ、偶然ねぇ」

女性は「偶然」という言葉を繰り返した。

「逆に、この世の中で偶然でないことを探す方が難しいのかもしれないわね」

突然意味深なことを言うやんか。

「どうやら、運転手をしている服装には見えないけど」

女性はどう見ても、「仕事中」という出で立ちだった。

「うん、結局コンサルなんかの仕事がどんどん入ってきて・・・出来る女は辛いわね。やりたいことも出来ない」

ルームミラーを見ると、女性の大きな目と目があってドキッとした。

「タクシーが『やりたいこと』だったわけ」

「もちろん」

「また、どうして?」

「あなたは、どうしてタクシーに乗りたいと思ったの?」

突然振られた質問ではあるが、今までに何度となく聞かれている質問でもある。

その度に、その場しのぎの適当な答えをしてきた気がするが、

このときは少しじっくりと考えてみた

一体なぜ俺はタクシーに乗ろうと思ったんだろう。

「一人・・・」

「え?」

「一人になりたかったからかな。それまでの仕事がほんまに忙しくて、周りの人間に気を使ったり、PCの画面とにらめっこしたり、なんか自分がどんな人間なのか自分でも分からなくなってきて」

「ふんふん・・・説明下手やけど、なんか分かる気がするわ」

「一人になって自分を見つめ直したかった・・・のかな」

「それで、何か見つかった?」

この質問は始めてやな。

何か見つかったんやろか。

多くのものを見つけた気もするし、何もまだ見つけていない気もする。

「分からないな。まだ(タクシー乗り始めて一年も経ってないし)でも、この先何か見つかりそうな、そんな予感はするよ」

「なんか、ちょっと羨ましいな」

女性は窓の外を見ていた。

グリコの看板が左手に見えていた。

「それで・・・そっちは、なんでタクシーに?」

「うーん・・・なんでかしら、ハハ」

「ハハじゃないやろ。何かヒントをくれよ。この先何か見つけるための」

「わたし、今からなんばのホテルでセミナーの講師やるの。テーマは『女性の起業とマネジメント』、カッコいいでしょ?」

「・・・」

「18時からのスタートで参加者は30名、定員がすぐに一杯になるくらい人気なんだから」

「自慢話?」

「参加者は事前に決まってるし、ほとんどが女性、それもビジネスをしようとか、少なくとも興味のある人たち。話す内容も大体同じなのよね。そのときの時世の変化はフォローしていくけど、ビジネスに関することって基本的に不変のものだから」

「確かにね」

「何も決まってないことをやってみたいっていう気持ちかもしれない。タクシーに乗ろうと思ったのって。何かのキャリアを築くのって基本的に同じことの繰り返しをしながら、そのクオリティをブラッシュアップしていくみたいなところがあるけど、ある程度出来上がって(慣れて)来ると仕事の効率は上がるけど、面白みはなくなるみたいなところがあって」

「分かる分かる」

「どこかで急に時間の流れが早くなるのよ」

「『時間』的な概念ね(収入ではなく)」

「『偶然』ってなんか素敵な響きがあるでしょ」

「偶然ねぇ・・・確かに、この仕事偶然の繰り返しで、時間はゆっくりと流れていく気はするよ」

「その『ゆっくりとした時間』も魅力的」

なんば駅のロータリーを横目に、ホテルのエントランスに車を入れた。

「正面に付けて良いのかな」

「お願いします、近いところでごめん」

「いえいえ、良い仕事してください」

ホテルの正面玄関に付けると、俺がドアを開ける前に身長190センチはあるかというベルマンが近づいてきて、徐にドアを開けた。

女性は支払いを済ませると、今まで俺なんかと一言も会話をしていなかったかのような表情で車を降りた。

俺もそれに合わせて、何事もなかったように前を向いてドアを閉めた。

車を出す瞬間、横目で見ると、女性が回転ドアでホテルに入っていくところだった。

少し目があった

こちらに向かって何か小さく口を動かした。

「メリークリスマス」

聞こえるはずがないのに、確かにそう聞こえた。

ラジオからずっと流れていたクリスマスソングに、このときやっと気づいた。

前を見ると、大きなクリスマスツリーが青く光っていた。



 

2014年12月10日水曜日

タクシーストーリー第22話~猫がいなくなりました4

「タクシーの運転手さんって、好きな人多いって聞いたことあるんですけど・・・」

タクシードライバーに薬中が多いというのは業界の「神話」になっているが、果たして本当にそうなんだろうか。

麻薬にハマる奴らを自分は知らないが、確かにいるのかもしれない

しかし一般的に薬中は存在するわけで、

運転手にその率が多いのだろうか

それは詳しいデータを見たわけでもないので真偽のほどは分からないが、

車内で自分だけのスペースを持つことの出来る仕事だけに、他の煩わしい仕事に比べたらそういったものに「手を出しやすい」ことは認めざるを得ない。

心の弱さ

それは、タクシーに限らず人間の持つテーマである。

欲望に流されるか、踏みとどまるか

ときには、

欲望を抑えたために後悔することもある

恋愛にしても、起業にしても

「あのとき勇気を出して、勝負していたら・・・(『前向きに』人生は変わっていた)」

なんてこともあるだろう。

しかし「後ろ向きに」人生が変わることもある

何度も言うが、これはタクシーに限ったことではない。

弱い人間たちの話である

それなら、タクシーという世界に「弱い人間」が多いのか?

今のところこの質問には、「イエス」と言わざるを得ない。

まだまだこの世界は浄化されていない。

だからこそ俺たちのような「若者」がこの世界には必要なのだ

俺は少しトーンを変えた・・・いや自然と変わっていた。

怒りがこみ上げてきた。

「それはどういうことですか?」

「・・・いえ、あの・・・タクシー運転手さんって、あの・・・なんかそういうイメージがあって・・・」

「どういう『イメージ』ですか?」

「なんか車内でいろいろ・・・」

「『いろいろ』、なんですか?」

ルームミラーを見ると、乗客は目を逸らしていた。

それだけ俺のトーンが上がっていたともいえる。

「すみません・・・忘れてください」

俺はフッと、一息ついた。

でも言いたいことは言っておかなくてはならない。

業界のために、全国・・・いや世界中のタクシー運転手のために(大げさやな)

「忘れませんよ」

「はい?」

乗客の声が震えていた。

「あなたの言葉は、わたしが運転手を続ける限り忘れることはないと思います。

わたしは・・・自分で言うのもなんですがまだ若いですし、

タクシーに乗り始めて正直まだ日も浅いですが、

この仕事が楽しくてたまらないんです。

日々楽しさが増していきます。

でも乗客と話したり・・・プライベートでも、この世界に対する『イメージ』の悪さを実感しています。

なんでそんな風に見られるんやろって、

やりきれない思いをすることもあります。

あなたは車内で大麻を吸ってる運転手を見たことがあるんですか?」

「・・・いえ」

「運転手で麻薬にハマってる知り合いがいるんですか」

「・・・いえ」

「ではなぜそういうことを言われるんですか?」

「・・・あの、『イメージ』です」

俺たちはこの「イメージ」と戦わなくてはならない。

形ないものだからこそ、なかなか消えないこの巨大な「塊」に立ち向かわなくてはならない。

それは先人の作った「負の遺産」なのかもしれない

しかし俺の接している「先輩達」の中には、本当に心の許せる、かけがえのない「チームメイト」もいる。

いや日本中の、世界中のタクシードライバーが「チームメイト」なのである(飲みすぎやって)。

「イメージでものを言わないでもらえますか」

「はい・・・申し訳ありません」

客に対して、ここまで自分のペースで突っ込める仕事が他にあるだろうか。

「ところで・・・猫は・・・?」

「はい・・・もういいです」

「でも大麻いうても、外から見たらタバコと変わらないんちゃいますか?猫が珍しそうに見る理由がないやないと思うんですけど」

「いえ、タバコとは見た目が違うんです」

「水パイプとか」

「はい、なんでそんなこと・・・(知ってるんですか)?」

「イメージです」

目的地に着いた、メーターは3千円と少し、

長い時間に感じたが、思ったほどでもない。

乗客は1万円札を置いた。

「これ、取っといてください」

「いえ・・・これは多すぎますよ」

「いいんです。そのかわり、ここで話したことは誰にも言わないでください」

「・・・(そういうことなら)分かりました」

ドアを開けると、乗客はゆっくりと降りていった。

ドアを閉めた。

1万円札を上着のポケットに入れようとして、手が止まった。

新札の1万円札は数えたら、5枚重ねられていた

そんなことあるかって?

ありますよ

疑うなら一度タクシーの運転席に座ってみたら良いでしょう。

2014年12月1日月曜日

タクシーストーリー第21話~猫がいなくなりました3

「猫が、庭から覗いてたんですか」

客観的にそれほど珍しい話でもないような気がする。

「はい」

「『覗いていた』わけではなくて、そこにいただけなんやないですか」

猫がその辺にいることなんて、よくある話である。

それを「覗いてる」「俺を見ている」というのは、ある意味「自意識過剰」ではないか。

この仕事していて、年配の乗務員と話をすると、とにかく「自意識過剰」が多い。

「前の会社では、部長に嫌われてた」

「自分のせいでプロジェクトがダメになった」

なんていうのは、まだ控え目で良い方で、

「みんな俺を頼って、自分がいなくちゃどうにもならなくなって疲れた」

「複数の女性社員で自分の取り合いになっていられなくなった」

おいおい、

と突っ込みたくなるような「ポジティブ派」に比べたら

まあ「猫」に対する「自意識過剰」は許したくなる 。

「そんなことありません。間違いなくわたしを見ていました」

「何故そう思うんですか?」

ルームミラーを見ると、乗客はちょっとやばいくらいに目を見開いていた。

その勢いに俺は思わず(ミラー越しに)目を逸らした。

「運転手さん、『たいま』ってご存知ですか?」

「『たいま』ですか?あの時間を計るやつですか」

「それは『タイマー』です。『たいま』、草のことです」

「『草』ですか・・・『大麻草』のことですか」

ミラーは見なかったが、男性が笑みを浮かべたのが気配で分かった。

「はい 。やめられなくて・・・部屋でやってたんです」

どうリアクションしたら良いんだろう。

話は面白くなってきたのかもしれないが、さすがにそこまで冷静になれなかった。

ハンドルを持つ手が震えてきた。

そこまで話さなくても・・・

「あの・・・」

何か言おうとした俺の言葉を遮ってくれたことに少しホッとした。

「それで彼女にも逃げられました。新しい家で、一緒に住み始めて、彼女にも勧めたんです。今思えば、彼女も苦しんだんでしょうね。苦しんだ末に家族(両親)に話したみたいです」

「はぁ・・・」

「あるとき彼女の親父さんが家に乗り込んできました。食事中でしたが・・・テーブルの皿をかき回して、そのうちの1枚をわたしに向かって投げてきました」

「奥さん・・・いえ、その・・・(彼女も)そこにいたんですか」

「はい、泣き喚いて叫んでいましたが、何を言っていたのか今でも思い出せません。そのまま父親が彼女を連れ帰って、その後は連絡も取っていません」

「携帯は・・・」

「番号を変えたみたいですね」

次に何を話したら良いんだろう。

「それで、猫は・・・」

「そのときもずっと見ていました」