「タクシー運転手が利用者の女を殺した。それが今回の事件だ」
自称宝塚署のエリート警部、夏祭の口から出た言葉は運転手である影村にとって悔しくも衝撃的なものだった。
「どういうことでございましょう?詳しくお話いただけませんか」
「うむ…本来なら外部のものに話せるものではないが、ことがことやからお前も何か知っているかもしれん。話してやろう」
夏祭はあくまでも高飛車だったが、このときばかりはいくらかプロの刑事らしい態度も示した。
事件が起こったのはこの日の未明と推測されるが、発覚したのは夕方になってからだった。
たまたま付近を通りかかった一般車両が道路脇に止まっているタクシーを不審に思い、会社に連絡を入れたことから会社が無線で指示を出して、ある車両(タクシー)に様子を見に行かせた。
ほどなくその運転手から会社に電話が入って、車内に女性の死体らしきものが乗っているとの連絡を受けた。
「それを受けて警察に連絡があったのが今日の18時過ぎだ。全くタクシー会社の危機管理というのは一体どうなってるんだ?」
被害女性は沢渡秀美42才独身、宝塚の大手企業HSコーポの事務職員であり、小柄だが大人びたルックスで社内の男性社員の間ではマドンナ的存在であった。
「事件があった車両はどちらの会社ですか?」
「川北のB社だ。知っているか?」
川北市は宝塚に隣接する都市で、最近では「トイレの神様」のおばあちゃんが住んでいた町として有名になった。
同じ営業エリアでなくても隣接エリアの事業者とはいろんな意味で絡みがあり、会社名のみでなく何人かの運転手まで知っているものである。
「B社ですか、川北でタクシー約50台を保有する中規模事業者ですね。社訓は確か…『親切丁寧、笑顔を絶やさず整理整頓』でしたかね」
「社訓など聞いていないが(うそくさいな)…随分詳しいじゃないか。ところでこのB社なんだが、G…」
「GPSが備えられていない」
夏祭の言葉を遮るように、影村が言った。車内にしばし沈黙が流れた。
「なぜ知っている?」
「そんなこと知らずとも簡単でございます。B社にGPSが完備されていれば、今回の事件の発覚がそれほど遅れることはなかった。辻褄が合いませんから」
「そのとおり。そこでわたしが聞きたいのは今どきそんなこと、事業車両にGPSがついていないなんてことがあり得るのかということなんだが…もちろんわたしのジャガーにもGPSはついている」
「それは素晴らしい、そのGPSで現在お客さまのジャガーがどこの修理工場で部品待ち放置されているかがわかるわけですね。しかしタクシー事業用のGPSというのは個人のものとは違いまして、ものによっては数千万から億単位もすると言われる非常に高価なものです。このような地方都市のタクシー会社ではそれだけの効果が見込めないと判断するところも多いのが実情です」
たった数千万で備えられるならなぜ付けないんだと金銭感覚のない公務員である以前に、中小企業の「御曹司」夏祭は内心首を傾げたが、さすがにそこがポイントではないというプロ意識は持っていた。
「とにかくGPSが備えられてなかったために事件の発覚が遅れてしまった。運転手…要するに犯人に逃げる時間を与えてしまった」
「発見されたときには運転手はもう車内にはいなかったわけですね」
発見されたときは車内には運転手はおらず、つり銭や日報なども残っていなかった。
車内には争った形跡があり、検死の結果はまだ出ていないが被害者は首を絞められて窒息死したと見られる。
事件が起こった車両で乗務していたのは松田善治(よしはる)55才。年齢は50代だが、入社3ヶ月の「新人乗務員」である。出身は大阪だが、東京の大学を中退した後はいくつかの職を転々としていた。東京で結婚していたが、5年ほどで離婚している。大学生になる娘が一人いるが、前妻とも娘ともほとんど連絡は取っていなかったようである。10年ほど前に関西に戻ってきていて、現在は伊丹で一人暮らししている。自家用車は持っておらず、電車通勤していた。
「自宅の郵便受けに残っていた新聞を見ると、事件の数日前から自宅のアパートには帰っていないようだ」
「ほぅ・・・事件の数日前からですか。それにしても郵便受けの新聞とは随分古風な捜査をされるんですね。電子版に変えたかもしれないやないですか」
「おぅ!そうか!スマホ時代やからな・・・その可能性があったか」
「いえ、その可能性はほとんどないと思います。ところで発見した運転手は松田とどのような関係だったんですか?」
会社の指示で最初に現場に向かい、事件車両を発見した運転手は小池幸一56才。社歴は10年近くで、出入りの激しいこの世界ではベテランの部類に入る。松田とは年齢も近く連絡を取り合っていた仲で、無線で現場に迎うことの出来る車両を問い合わせた際に、そちらの方面にいたわけでもないのに志願して現場に向かったとのことである。
「事件車両には鍵がかかっていたんですか?」
「その通り、車両には鍵がかかっていた。なぜそのことがわかった?」
「小池が現場で車内に『死体らしき』女性を目撃した、と言われましたね。その表現から車両に鍵がかかっていたと判断しました」
「ふむ・・・お前タクドラくんだりにしてはなかなか出来るやないか。もっと製造業とか他の仕事に就けなかったのか?」
「・・・その殺害された女性がどこから乗車したのか情報はあるんですか?」
B社の配車室長の吉塚進の話によると、その日の松田はナイトシフトで20時頃に出庫して朝の8時頃まで乗務する予定だった。最後に無線が入ったのが25時、要するに深夜1時に川北能勢口近くのバーから乗車した記録がある。
その後の聞き込みでその時間に事件車両が50代らしき男性と40前後に見える、恐らく被害者である女性を乗せたのをそのバーの店員が目撃している。
「被害女性の携帯受信歴から男の身元は割れている。西村義一52才、HSコーポの幹部社員だ」
西村とは既に連絡が取れていて、西村は被害女性と川北能勢口近くのイタリアンで食事をした後に、そのバーで軽く飲んでタクシーに乗車。仕事が残っていたために宝塚駅近くでタクシーを降りた。
「25時過ぎに会社に戻って仕事ですか?」
「うん、確かに不自然だがこの手の大手企業になると遅くまで残って仕事をしていたというのがいわゆるステイタスになるのだろう。お前のようなブルーカラーには分かるまいが」
「・・・一応襟(カラー)は白いんですが。普通に考えて西村が怪しいとは思わないんですか?」
「実際その時間に会社に戻って仕事をしていたのを複数の社員が目撃している」
「アリバイがあるわけですか。しかしその時間に複数の社員が会社にいるんですね・・・」
西村の証言によると、女性の自宅は篠山にあり、電車もない時間だったのでそのままタクシーで帰宅するはずだったとのことである。そのために西村は会社のタクシーチケットを女性に渡していた。
「しかし篠山に行くのになぜあんなみち(山道)を通ったのかと思わんか?高速で行ったらいいやないか」
「さすがはお客さま、わたしもその点は不思議に思いました。タクシーチケットなら基本的にそれほど料金を気にする必要もありませんし、何せ深夜ですからね。ところでB社の配車室には吉塚氏の他にはどなたかおられたんですか?」
「佐々木という嘱託社員がいたらしい。70才近くのじいさんで何を聞いても『よくわからない』の一辺倒だ」
「吉塚氏の年齢は?」
「・・・年齢まで聞いていないが50前後ではないかな。わたしほどではないがルックスはなかなかでタクシー会社ごときの社員にしては出来る男という印象だな。事件に関する情報は彼から得ているものが多い」
事件の一報が入ったのが17時を過ぎていたため、B社の所長とは連絡が取れていないらしい。タクシー会社の管理職は時間をきっちり守る律儀な人間が多く、緊急に呼び出されることの多い仕事なので携帯を2台持つなどして「いざというとき」のために備えている(仕事用の携帯電源は切っておく)。
「もう一つ伺いますが、事件車両にタコメーターは付いていたのですか?」
「タコメーター??なんだそれは、明石のタクシーメーターか?」
「・・・」
「とにかくこの事件の謎は犯人探しではない。運転手の松田があのような山中から一体どこに消えたかということだ」
「もしかしたらお客さまは運転手の松田が犯人だと本気で思っているんですか?」
「当たり前だ。こんな簡単な事件はない」
「恐れ入りますが、お客さまはもしかしたらアホでございますか?」
「な、な、なにぃ!」
「犯人は松田ではございません」
お疲れ様です♪
返信削除記事の内容と異なってて恐縮ですが
先日の件(なんや?)
小雪族deskというものを書いてみました。
東京のタクシーで破壊された小雪です(笑)
http://blog.livedoor.jp/koyukizoku-desk/
小雪さん
削除了解です。
またリンク変更しておきますね。
七夕夜想曲です(^ー^)
返信削除おっ!てっきり運転手が犯人かと思いきや、意外な展開になってしまってますね( ̄∇ ̄*)ゞ
う~ん?じゃあ犯人はいったい誰なんだろう…
この事件の犯人が分かるまで、気になって夜も眠れません(笑)
早く、続編が読みたいです(*´∇`*)
とても楽しみにしてます!
七夕さん
削除ありがとうございます!
連休休みすぎて真相を忘れてしまいそうです…
いや、面白くなりますよ。
フィクションだと好きなことが書けていいですね(会話の一部は結構「ほんもの」やったりして…)なんか自分で楽しんでます。