2018年4月24日火曜日

タクシーストーリー③~面接

応接室の席に座ると、お茶が出された

俺はその色の薄いお茶と窓の外の景色を眺めていた。

緊張からなのか、元々いらち(すぐにいらいらする性分)なのか分からないが、待っている時間が長く感じられた。

後に分かることだが、タクシーは「待機商売」である

よく釣りに例えられるが、確かに近いものがあるかもしれない。

ゆったりと待つことが出来れば楽しめるのだが、実際に稼ぐドライバーは「いらち」が多い。

応接室のドアが開いて、3名ほどの事務方が入ってきた。

最も年配に見える一人が教育課長、40代に見える女性が人事課の担当者、40前後に見える男性が教育課の肩書なし(書記?)と紹介された。

面接はほとんどがその教育課長とのやりとりだった。

「えっと…(2種)免許は持ってないよね」

「はい」

「1種(普通免許)取ってから3年以上経ってるね…(履歴書を見ながら)2種の取得費用は全て会社持ちになるから心配要りませんよ」

「はぁ…ありがとうございます。2種免許取得にどのくらいの期間がかかるんでしょうか?」

「自動車学校の合宿が1週間程度かな、あとは試験場で学科試験になるけど、うまくいけば10日もあれば取れますよ」

「学科とか、難しいんですか?」

「難しいですよ(笑)。2種は90点以上取らないと合格出来ないからね。ただ○×式やし、しっかり勉強すれば大丈夫です」

「分かりました」

「免許が取れたら、こちらでの教習が約10日間、さらにタクセンでの講習が3日(28年10月よりバリアフリー講習が追加されて4日間)あって、そこで地理試験に合格して登録運転手となります」

「結構大変ですね…地理試験ていうのは…」

「難しいよ(笑)。そこまではまだ時間あるからしっかり勉強しておいてください。地理試験用のテキストはこちらでお貸しできます。あと要請から教習の期間中もね、全て手当が1日1万円付きますから、生活の心配は要りません」

求人案内では、さらに「入社準備金10万円」とある。

海外の放浪で良い歳(30歳)して手持ち金がほとんどなかった自分にとってはありがたい制度であった。

「そういうお金って、やはりすぐにやめたら返さないといけないんですか?」

「研修期間中の日々の手当てについては、それに当たりませんが、2種の要請費用と入社準備金に関しては1年以内で退社した場合はその一部を返済してもらうことになります」

「いくらくらいになるんですか?」

「すぐにやめたら30万円くらいかな。うちで2種免許取って他社に行ったら2種持ちのタクシードライバーとして採用されるし、また準備金ももらえることになるからね」

「…そんなことは考えてませんが」

面接というよりは、入社説明会のようになっていた。

「ところでタクシードライバーとしてはお若いですが、また何故タクシーに乗ろうと考えたんですか」

大阪のドライバー2万人余の中で20代のドライバーは200人(1%)に満たない。

平均年齢が60歳を超えると言われる世界で、自分の年齢は確かに若い。

しかし「若いのに何故」という質問には違和感を覚えた。

「はい。単純に街を見るのが好きで、運転が好きで、動いていないと気が済まない性分です。人と会って、話をするのも好きです。タクシーは日々出会いの連続のようなイメージがあって魅力を感じました」

「ふんふん…出会いの連続ですか。確かにその通りです」

「あと…生意気なことを言うようですが、わたし若い頃からいろんな国を放浪してまして、時間に対する感覚っていうか、そういうことを考えることが多かったです。

アメリカのような裕福な国では忙しく働いている反面、時間のゆとりもある。でも国境を越えてメキシコに入ると、時間のゆとりがなくなる気がしました。

それが生活感に出てきて、着るものや、街の風景にも現れてくる…食べるものはメキシコの方が美味しいんですけど…

日本はメキシコほどではないですが、まだ時間のゆとりがないような気がします。

タクシーって表面的には移動を助ける仕事のように見えますが、実際は時間を売る商売だと思うんです。

アメリカの金持ちはうまくタクシーを使って…最近はウーバーなんかも使ってますが…貯めた時間をスターバックスで贅沢に何もせず過ごすみたいな。

うまく言えないんですけど、タクシーが日本人にゆとりを与えて、金銭的よりも時間的に豊かな国になれる気がするんです。

そして何より、『時間的に最も豊かな仕事』がタクシーに思えました」