「・・・えー・・・行けると思います」
指定された交差点(北山)まではワンメーターぎりぎりの距離であった。
わたしはこの貧しいなりをした親子はきっと
神さまが自分を試すために現れた
と思わずにはいられなかった。
タクシードライバーとして、いや人として、
彼らにわたしがどのような対応を取るのか、
きっと見ているのだろう。
「どうぞ、乗ってください」
「近くですみません」
「北山のあたりにお住まいなんですか?」
「いえ・・・家は雪谷なんですが・・・」
北山からは約1キロほど先の場所である。
きっとそこから歩いて帰るつもりなのだろう。
後部では母子の話す声が聞こえる。
「タクシー乗れて良かったね」
「タクシーってぬくいな」
そうこうするうちに目的地の交差点に着いた。
「この辺でよろしいですか?」
「はい、あの・・・ありがとうございます」
「450円です」
料金をもらうと、ドアを開けずに
「実はわたしもこれが今日は最後の仕事で、この先の営業所まで帰るんですが、良かったら途中までお送りしましょうか?」
「いえ・・・そんな・・・」
「ほんの数百メートルです、遠慮しないでください。内緒ですけどね」
そして、そこから数百メートル走った先で車を停め、ドアを開けた。
婦人は何度も頭を下げ、お礼を繰り返した。
「どうもありがとうございます、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。良いお年を」
ドアを閉めると、角を左折して、
少し走ったところでまた左折して
わたしは反対方向の営業所へ帰った。
それがその年の大晦日のことであった。
そして一年が過ぎ、また大晦日を迎えた
その年も同じようにわたしは大晦日に出勤して、
同じように仲間たちを一人、また一人と送っていった。
「帰って紅白ですか?」「せやな、他に見るもんもないからな」
「まだプロレスもやってませんしね」
「・・・プロレス?」
「紅白、長渕がたぶん3曲唄いますよ」
「・・・そんなわけないやろ」
そんな他愛もない会話を交わしながら、
最後のあいさつは自然と笑顔になるような年だった。
「良いお年を」
「良いお年を!」
そして、その年もわたしは終電をたった一台で迎え、
その年も終電の乗車客なく
帰ろうとしたそのとき・・・
駅舎からチェックの半コートを来た婦人と、息子が二人
まさに前年のVTRを観ているように現れた。
変わったところと言えば、息子の一人は中学にあがったのか学生服を着ていたことくらいだろうか。
「あの・・・北山までですけど・・・よろしいですか?」
「はい、どうぞ!」
そして、その前の年と同じように目的地から少し走ったところまで送って、
3人と別れた。
「どうもありがとうございます!良いお年を」
-続く-
Brack Cabさん
返信削除明けましておめでとうございます。
小説なかなかですね。。
本年もよろしくお願いいたします。
ポニョタク
ポニョタクさん
返信削除おめでとうございます!
お元気そうやないですか。
お気づきかもしれませんが、この話は大晦日のある有名な物語のパロディーです。
落ちは結構しょうもないのですが、乗りかかった船、がんばって書こうと思います。