2026年1月22日木曜日

タクシーストーリー⑱ 最後の夜

月曜に入校して、1週間

日曜の夕方

早めに実技の卒検を終えて、寮の食堂でテキストを広げていた

食堂と言っても、定食が出てくるわけではなく

ガスコンロや流し台、共同冷蔵庫などの一般的なキッチンがあり、

長机が3つと、パイプ椅子が雑然と並べられている

ちょっと古めの、32インチよりは少し大きいように感じるテレビでは、

大相撲秋場所の千秋楽が流れていた

横綱大の里と豊昇竜の白熱した優勝争いを、

見ている人はいない

少し離れた椅子で大阪組の岸谷さんがスマホで動画を観ていた

食堂にいたのは2名だけ

そこに梶川が金麦のビールケースを抱えて入ってきた

「いよいよ合宿も明日で終わりや。終わったらみんな家に帰るんやろから、前夜祭しよか」

後から、もう一人の大阪組の…名前が出てこないが、大阪なまりの強い年配の男が入ってきた

頭は禿げかかり、この1週間の合宿でも少し太ったと思えるような腹をしていた

もう明日からでも立派なタクシードライバーになれそうな、

ダサい匂いをプンプン出している

逃げ出そうかと思ったが、

その後ろから、もう2名、

地元徳島の吉川さんと、

同じ神戸から来てるのに、ほとんど話したこともない、真鍋さんやったかな

が入ってきた

今回一緒に合宿をしている6名が揃ったわけである

梶川が声をかけて集めたのか、

逃げるわけにもいかない空気になっていた

梶川と一緒に買い出しに行っていたらしい、(名前を)思い出したが杉本という男、

2人はテンション上がっていたようだが、

後の4名は、どうしたら良いか、

まわりをキョロキョロと様子を見ていた

「まあ、とりあえず乾杯しような」

梶川がひとりひとりの机の前にビールを置く

「このビール代は…?」

自分が聞くと、

「いやいや!気にせんでええわ。後で割り勘するから」

出してくれるわけではないのか

大体誰がこんな会に賛同した?

割り勘ということは、金払わなあかんのか…

と思いつつも、1週間とは言え、

同じ屋根の下、同じ方向を向いて生活してきたわけで、

お互い、実技卒検の感想やら、学科の過去問の話やらをして、

なんとなく盛り上がっていた

「明日の卒検が終わったら、またそれぞれ会社に戻って研修かー。つまらんなぁ」

梶川が言うと、

「研修?これだけやって、まだ会社に戻って研修があるんですか?」

吉川さんが聞く

「せやで。また研修10日間や。ここより長いで」

「はぁー…」

吉川さんの力の抜けたリアクションに全員が爆笑した

夜が更けていって、みんな部屋に戻っていった

ぎこちない関係やったが、

これからタクシードライバーになるという共通項を持った

同志たち

少し良い時間やった

空き缶やごみを段ボールにまとめて、食堂を出ていこうとしていた梶川の背中に向かって、思わず声が出た

「梶川さん、今日はありがとうございます」

嫌いだと思っていた相手に、自然とお礼を言っていた


1月21日(水) 65,090  43回



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