「タクシーは年収1千万も夢じゃない」
どこかのブログサイトか、Xの投稿か、スマホで何かを検索していたら出てきた言葉に惑わされ、年収4百万円台の仕事を辞めて40代でタクシー会社に飛び込んだ。
以前はスーパーマーケットに勤めていた。
品出しやレジ打ちなど、真面目にこなしていたら、数年で店長まで上り詰めた。
収入的に特に問題はなかった。
夫婦共働きで、三人の子供を養う程度の生活は出来た。
しかし店長になると、開店1時間半前の7時半には店に出て、21時の閉店後も片づけやレジ締めなど終えると22時を過ぎ、帰宅は23時前後。
表面上は週休2日とは言っても、休みの日も結局仕事に出てくる。
週末の休みなどあり得ない。
結局子どもと過ごす時間もほとんどなく、ここ数年過ごしてきた。
何がきっかけだったわけでもない。
ただ深夜に帰宅して、スマホをいじっていたときに、
車運転するだけで1千万…
そんなフレーズが頭に残り、普段仕事が気になってなかなか寝付けなかったのだが、その日は何故かぐっすり眠れた。
朝になると、まあそんなわけないよな、ネット情報なんて半分嘘、大げさ、まともに取ったら取返しのつかないことになる。
現実に戻され、そそくさとシリアルで朝食を済ませ、仕事に出る。
責任の重さと、少しのプライドを抱える生活はそれほど悪くないと自分に言い聞かせていた。
タクシーが気になり始めてからは、深夜に少しその気になり、朝に現実に戻される。
そんな日々が続いた。
ある日思った。
年収1千万とか、それほど魅力は感じない。
というか、やはり現実味はない。
しかし、自分は車の運転が好きだ。
今は電車通勤だが、たまに半休が取れたら子供を連れて買い物や、目的もなく田舎に車を走らせたりするのがストレス解消になっていた。
車を運転するだけで給料がもらえる仕事
しかもなんとなく、
自由っぽい。
遂に朝起きてもタクシーのことが頭から離れなくなった。
「タクシーだけはやめてほしい」
忘れもしない。
転職の決意と、タクシーに乗ってみたいという話を嫁にしたときの第一声である。
「なんで?」
「なんでって…タクシー乗ってるなんて、近所に知られたら」
「知られたら?」
「子どもたちのことも考えてあげて」
「…ほとんど犯罪者扱いやな」
決められた路線もレールもない。
これは後に感じたことだが、タクシーとは道路という、都市の血管を流れる、社会の「血液」である。
もしタクシーがなくなれば、社会も経済も血栓だらけになる。
多くのドライバーが何を話し合うこともなく、足りないところに流れて血流を作っていく。
タクシーは街の活力なのである。
ただもちろんこの時はそこまで分かっていたわけでもない。
「タクシーの何が悪いんや?」
「……」
何が言いたいのかは分かった。
なんとなくかっこ悪い
古い車に乗って、ダサい制服とセンス悪いネクタイ、何より平均年齢高過ぎ。
高齢者の社交場は地域の公園のグラウンドゴルフか、駅のタクシー乗り場と言っても過言ではない。
そんなところに40代で入っていくのは、社会的自殺行為ではないか。
と嫁は感じるのだろう。
しかし、ここで俺の決意はより固まった。
俺が変えてやるよ。
タクシーのイメージを変えてやる。
まだ入ってもいない業界を変えようなんて、飛躍しているかもしれない。
でも俺はそう感じた。
何か大きな未来が見えてきた気がした。
年収1千万のドライバーもいるらしい
嫁を説得するには「年収1千万」はキラーワードやった
しかし、実際そんなに稼いでいるのはほとんど東京のドライバーで、
この神戸という地で、その数字は現実から離れている
ということも、いろいろ調べて分かってはいた
「今の仕事を辞める前に面接でしっかり話を聞いて、現実を見てから決めてほしい」
嫁からの要望であった
いくつかネットで検索した会社をリストアップした
関西で大手の電鉄系である阪急阪神、神鉄、バス大手の神姫
独自の路線を行く相互タクシーやMKタクシー
全国的にも幅を利かせている第一交通
名の知れた会社は恐らく研修制度も充実しているだろう
未経験で飛び込むにあたってはまずそういうところを選ぶべきなのだろう
収入も比較的安定している気がした
しかし、何か引っかかるものがあった
タクシーのイメージを変えてやる
そんな大きなことを考えて入るには、大手に入るのは組織に埋もれてしまうような感覚はあった
何より「タクシー」という自分が魅力を感じた「職業」よりも、
「阪急」であったり、「MK」みたいなワードが強い気がする
「阪急で働いてます」
「まあ、それはご立派な(会社で)。何をされてるんですか?」
「タクシーに乗ってます」
「はぁ…(タクシーですか)」
みたいな会話が入る前から目に浮かんでくる
そんなこんなで小さな会社も見ている中で、
「歩率60%」
「勤務シフトは自由に決められます」
そんなワードに引き付けられた
大手の会社は勤務シフトはある程度決められているようやし、
歩率は(神戸では)大手は大抵55%くらいの感じであった
※タクシーの歩率は東京地区が最も高く、地方へ行くほど下がっていく傾向にある
その分大手は福利厚生はしっかりしているのだろうが、
何より、
組織が小さい分自由が大きいはず
という勝手な想像が俺をその小さな会社に引き込んでいった
「面接をお願いしたいんですが」
「はいはい!いつでもどうぞ」
この人、いつもどんな仕事してるんやろ…
そんな疑問と不安を抱きながら面接の予約を取った
目の前にあったのは、面接に来た会社の社屋というより、
小屋であった
いつの時代に作ったのだろう
ベージュが煤けたようなトタンの壁に、窓には元の色が分からないようなグレーのカーテンがかかっている
暗い…
それが第一印象やった
入口のドアというより、建付けの悪いプレハブの引き戸のようなものを軽くノックした
返事がない
よく見ると、引き戸の横に、バスの「次降ります」みたいな小さなボタンがあった
インターホン…?
ボタンを押してみる
「はーい!」
年配の女性の返事が建物の中からした
反射的にそこから逃げ出そうという強い衝動に駆られた
「どうぞ!」
寝間着のような薄いピンクのニットを着た小柄なおばちゃんが引き戸を開けた
一瞬逃げ遅れた
面接は見た目80歳くらいの社長と、
課長と呼ばれている管理者の男性の2名がソファの向こう側に座って行われた
ザラザラとした、なんとも言えない古い素材のソファには、誰のものとも思えない髪の毛がそこここに付いていた
「えー…と、タクシー経験はないんですね」
履歴書を見ながら、神経質そうな課長の第一声はタクシー経験についてだった
「はい」
「いえ、構いませんよ。免許はうちが費用を負担して取得出来ますから」
3か月ほど散髪に行っていないような、中途半端に伸びた髪を触りながら、不自然な笑みを浮かべて課長は言った
「あのー…、免許を取らせてもらった場合は、何年かは縛りがあるんですか…」
「1年半です。それ以内に退社された場合は申し訳ありませんが、免許取得にかかる費用は負担してもらうことになります」
やはりそうか
「その場合の費用はいくらくらいになるんですか?…いえ、あの、当然すぐに辞めるつもりはありませんけど」
「はい、ご心配は分かります。費用は教習中に支払われる1日1万円の手当も含めて30万程度になるかと思います。入社1年を過ぎたらそれが半額になります」
30万か…
壁を見上げると、運送約款だとか、運行管理者の資格証などの類の額がバランス悪く飾られている
2年もこの会社にいるイメージが湧かなかった
タクシーはこの会社だけではない
ここはやめておこう
と思ったとき、ここまで隣で座っていただけの、白髪の社長が初めて口を開いた
「いらんよ」
「はい?」
課長が驚いたような顔で横に座っている社長に顔を向ける
「半年で辞めても、1か月で辞めても、免許の金は返さんでも良い。一度タクシー乗ってみたら良いわ。君みたいな年齢から乗り始めたら、きっとすぐに辞める気にはならんよ」
「今まではどんな仕事してたんですか?」
考えてみれば、相手にとっては一番重要な質問であるが、
面接もそろそろ終わりかと思ったときに、社長がその問いを持ってきた
ここまでは、課長がクシーの仕事や教習の内容などの説明を一方的に説明するのを聞いていた感じであった
突然の展開に少し戸惑ってはいたが、回答は少しは用意していた
「今まではスーパーでの仕事が長かったです。基本はレジ打ちや品出しですが、最終的には店長として仕入れや広告の企画なども行っていました」
「そこまで任されたら、それなりにやりがいもあったんやないですか」
「はい。自分なりにはやりがいを感じていた部分もありますが、そこに対する評価はほとんどなかったですし、ミスに対する突っ込みは容赦なかったです」
「店長として、下のもんの責任も負わされたりするんやろな」
「はい、その通りです」
「楽しくなかったか」
「まあ、…はい」
「収入は?履歴書には書いてないか」
隣に座っている課長に振る
「はい、記載ありません」
課長が事務的に答える
「給料はどのくらいもらってたんですか?」
聞きにくい質問なんだろうが、社長はストレートに聞いてきた
「はい…年収は400万を少し超える程度ですが…収入面でそれほど問題はなかったんですが」
「ハハハ!収入に問題ないのに辞める奴はおらんよ。ストレスの大きい仕事でも、それなりの収入があれば、人は我慢するもんや。もちろん限度はあるけどな。聞いたところ、あなたが今の職場で感じているストレスは、悪いけど一般企業で中間管理職が感じている『普通の』ストレスやろな」
ズバっと言うな
このくらいから、少しづつこの社長に信頼というか、リスペクトを感じ始めていた
「そうなんでしょうか…、そうなんでしょうね」
「給料が少なすぎたいうことや」
社長が笑顔を振ってきたので、こちらもぎこちない笑顔を返した
「まあ、心配せんでも良い。あなたが今もらっているくらいなら、(タクシーで)それを下回ることはないやろ」
白髪の社長はもう一度笑顔を振ってきた
「あなたにとって、タクシーの仕事はきっと楽しくて仕方ないやろな」
今度は笑顔を返すことは出来なかった
「えー、…あと、そうそう、タクシーに乗ろうと思ったのはなんでかな?」
社長の最後の質問やった
一体この面接はなんやろう
ここまで1時間近く面接時間を使ってきて、
ここに来て、この質問か
面接始めから、勤務形態とか、勤務時間の制限の話やら、
日報まで見せてくれて、日報の書き方まで説明があったが、
真っ先に聞かれるべき質問が最後に来た
もちろん答えは用意していたが、
14時から始まった面接は1時間の予定で、次も控えているようやった
簡潔に答えた
「はい、街を走っているタクシーはよく見るんですが、縛られた感じがなくて、自由に見えたんです。今まで決められた業務と時間に追われて、いつのまにか常に上司や部下の顔色見ながら仕事をしていたんですが、そういう世界とは全く違った空気を感じました」
白髪の社長は真剣にこちらを見つめていた
「ほぅ…、面白いな」
「…」
何が面白いんやろ
「今まで何人もこうして面接して、志望動機を聞いてきたが、意外とその言葉を出す人はいないんやな」
「その言葉?」
「自由」
「…」
「正解や。よく見とるわ。タクシーは自由やで」
「はい」
「しかし、自由は裏返せば、放任であり、孤独であり、仕事面でも収入面でも寄りかかる壁はない」
「…はい」
「それを楽しめるかどうかや」
面接の途中までは、他社のことも考えながら聞いていたが、
ここに決めようと思った
面接は合否というより、
「こちらは是非入社して頂きたいと思っています。山元さんが今の職場をやめて、うちに来る気があればこちらの書類を揃えて持ってきてください」
面接の直後に入社書類を渡された
履歴書が嘘だらけかもしれないのに、身辺調査もせずに内定がくだされたわけだ
※実際はタクシー会社でも、大手などは直近の職場等に身辺調査をすることはあります
家に帰って、A4封筒に入っている書類を開けると、
まあまあのボリュームやった
主には入社前に通う自動車学校の資料やった
1枚づつ見ていくと、
身元保証人(2名)
という用紙があった
その日の夕食のときに、嫁さんに資料を見せた
「なにこれ?」
「いや、自動車学校の費用や、入社時に祝い金なんてのももらえるから、すぐやめて逃げる人もおるらしいねん。そんで…(保証人が)必要なんやって」
「それ(保証人)をわたしに?」
「まあ、普通は嫁さんがいたらそうなるやろ」
「わたし、こんなん書かへんで」
「えっ?」
「タクシーなんて、反対言うたやん」
「俺が金払わず逃げるとでも思ってるのか?」
「そういうわけやないけど、タクシーって聞いただけで、なんかゾッとするわ」
「……」
「なぁ、今からでも考え直してくれへん?」
結局嫁さんは保証人を最後まで断り、
田舎の父親と、姉に保証人をお願いした(母親は数年前に亡くなっている)
後に分かったことだが、
タクシーって、独身が多いことは多いのだが、
もちろん過去に奥さんと別れて独身の人もいるし、
ルーザー的なイメージは、確かにあるわけだが、
奥さんのいるドライバーは意外と仲が良い
タクシーに乗っていると、
実車中(お客さんを乗せているとき)を除けば、
いつでも連絡がつくし、
休みも多いので、家にいる時間も長い
事業に失敗したとか、
前の職場で人間関係に苦しんで業界に入ってきている人もいるが、
家族との時間を多く取るためにタクシーに乗っているドライバーも多いようである
要するに、
嫁が身元保証人のサインをしてくれないようなケースは、
これも後から知ったことだが、
珍しかったようである
そんなこんなで、今の会社に規定の2週間を空けて退職願いを出し、
そのうち1週間は有給消化して(結局有給20日ほど捨てることになった)、
円満退社とは言えないのかもしれないが、
ただ曲がりなりにも10年以上勤めあげた会社の出勤最後の日にも、
未練は全くなかった
1か月くらい先には、自分がひとりでタクシーに乗っていることを考えると、
正直ワクワクしていた
9月になっても夏は終わらない
そんな時代になりつつある
節約で28度にエアコンを設定した部屋で、一日中汗をかきながら会社から渡された書類を揃えて、
入社手続きをした
「今はまだ学生さんが多いから、なかなか予約取りにくかったんやけど」
事務所の女性が9月下旬からの自動車学校の予定表のファイルを渡してくれた
合宿になるので入校は月曜日で、うまくいけば次の月曜には卒業出来るらしい
「(卒検に)失敗する人とかいるんですか」
「うーん…まあ、7,8割は予定通り卒業されてますよ」
まあまあプレッシャーのかかる数字である
学校は徳島らしい
「どうします?車で行かれます?バスなら交通費は出ますが」
自家用車で言った場合は交通費は出ないらしい
「それなら、バスで行きます」
明石の橋はそれなりに通行料かかるし、宿舎は学校の隣のようやから、車使うこともないやろう
「分かりました。高速バスのチケット取っておきますね」
何年ぶりの自動車学校やろ
それより、1週間後の入校日まで何しよか
今までほとんど休みなどなかったから、休みがあっても何をして良いか分からない
保証人問題で夫婦関係もギスギスしてるから、旅行というわけにもいかないし、
この機会にゴロゴロしようか
などと考えていた
勤めていた食品スーパーを退職して、
自動車学校に入校するまで、10日近く空いた
タクシーへ転職することに不満を隠さない嫁さんと一緒に家にいるのも、
1日2日なら良いが、10日ともなるとさすがに気まずい
この機会に子供たちと過ごすのも悪くはないが、
中2の息子と、小6、小3の娘で、
日中は学校に行ってるし、
そもそも今までほとんど家にいない生活をしていたから、
父親が転職で家にいると言われても、
子供たちの反応はイマイチである
「お父さん、タクシーに乗るの?」
心配そうに上の娘が聞いてきた
母親にも何か聞いてるのかもしれない
決してポジティブとは言えないトーンであった
小学生とは言え、高学年にもなると、
大人の世界の職業の貴賤みたいなものは、
なんとなく分かるのかもしれない
「うん」
ここで、もう少し説明を付け加えられたら全然違うんやろうが、
何せ、何も知らない世界である
家に籠って3日目、
耐えられず、簡単に着替えなどまとめて、一人旅に出た
阪神青木駅から西へ向かい
なんとなく広島へ行った
ビジネスホテルに2泊して、
平和公園などをウロウロしていたら、
気づいたらなんとなくストレス解消出来ていた
九州まで行ってみようかとも思ったが、
やめて家に帰った
そうこうしているうちに、
入校の日になった
待機日数は嫌というほどあったので、
準備は万端である
子供たちを送り出し、
朝出発前に荷物を確認していると、
嫁さんが黙ってパートへ出かけていった
ちょっと気の利いたドラマなら、
そこまでギスギスしていても、
出かける前に一言、
「がんばって」
なんてのがあるのかもしれないが、
現実は、無言で目も合わさない激励であった
バスの出発時間はそれほど早くないので、
ゆっくり歩いて駅まで行って、
阪神電車で三宮に出て、
そこから会社が手配してくれた高速バスに乗って、
徳島の自動車学校へ向かった
指定のバス停を降りて、5分ほど歩いたところに、学校と合宿の宿舎があった
まず宿舎の部屋へ案内され、荷物を置いた
8畳ほどの部屋の両脇に2段ベッドが置かれていた
一応4名入れる部屋だが、自分ともう一人の、2名の相部屋になると説明された
相方はまだ到着していないようである
昼過ぎに到着して、14時からは入校式と説明会があり、
その日から授業も2コマほど組まれていると聞いた
近くのコンビニへ行って、
軽く昼食を済ませた
なんか海を越えてきたせいか、
入校日を待ちながら、鬱々としたここ数日から解放されて、
清々しい気持ちになっていた
入校式と言っても、
自動車学校における、これからの2種教習の説明会だった
概ね学科20、実技20時限、ストレートで通れば計40時限とのことであった
※2025年9月の法改正で約30時限に短縮されている
週一、月曜入校なので、
6名が同期として教習を受けることになる
ひとりひとり、簡単に自己紹介があった
大阪組が3名、神戸が自分含め2名、地元徳島から1名
自分の順番が来た
「神戸から来ました山元卓也です
42歳です
前職はスーパーで店長をしていました」
もう少し言いたいことはあったが、無難なコメントでやり過ごした
「ほー、店長さんか」
60歳くらいの、頭の禿げかかった担当教官が嫌味っぽく呟いた
入校式前にルームメイトになると挨拶をされた、梶川という男の自己紹介はよく覚えている
「大阪生野から来ました梶川祐樹です
52歳です
高校中退して、いろいろやってましたが、直近はヤマトの配送やってました
昨年の年収が600万ほどでした
年収1000万出来ると聞いて、タクシー乗ることにしました
よろしゅう頼んます」
同じ関西人の自分からしても、きつい大阪なまりやった
何より「タクシー」の発音が、後半にアクセントのある独特の響きで、
何か違う職業の話をしている印象があった
年収1000万
確かに自分も、そんな話を聞いてタクシーに興味を持ち始めた
部屋に戻ると、梶川はもうチェックインしているようで、
自分と反対側のベッドの下に無造作に脱ぎ捨てられているシャツやジーパン、これでもかというほどに踵を踏みつぶしてあるスニーカーがひっくり返っていた
自分も荷物をまとめていると、
廊下から梶川が戻ってきた
トイレにでも行っていたのだろう(トイレは共同やった)
(「山元さんか、よろしゅう」
右手を差し出してきた
コロナ禍以来、握手などしていない
しかもトイレ帰りで少し手が濡れていた
差し出された手に気づかないふりをして、
「梶川さんですね。よろしくお願いします」
梶川は差し出した手を、特に不快感も出さずに引っ込めた
「なんでタクシー乗ろうと思ったの?」
いきなりタメ口である
「前職では管理職で、いろいろストレスも多かったので、自分のペースで働けると思いまして」
「なんぼくらい年収あったの?」
イメージ通りというか、金の話しかしない
「400万程度です」
梶川は少しふっと息を吐いた
「そんなんでは生活できんわな。家族もおるんやろ」
「そこそこ生活は出来ましたが、働き方の問題です」
梶川は嫌らしい笑顔を浮かべた
偏見かもしれないが、その後に発した言葉は、我々神戸の人間が大阪人に抱くイメージそのものやった
「働き方なんて関係あらへん、仕事は金やで」
入校式の日から学科が2時限組まれていた
翌日からは午前3時限が主に学科、午後に実技が2時限、または3時限組まれていた
合宿1週間(7日半)で40時限の詰め込みは結構ハードである
学科では各時限で考査(小テストのようなもの)があり、
落とすと再受講になる
実技も判をもらえなければ、先に進めない
全てがストレートに行って、最終日(月曜入校の翌月曜)に卒検となる
卒検に落ちれば、また翌日(火曜)受験となる
なんとか月曜に卒業したい
特に用事があったわけではないが、
ここで落ちこぼれたら、今後の仕事において
何か落とし物をしたような、
そして、それは2度と拾えない落とし物である
学科の復習は卒検前(日曜の夜)にやれば良いとして、
夜は主に翌日の考査対策の予習に費やした
入校した夜も、次の日も晩飯はコンビニの弁当で済ませた
月曜入校して、水曜の夜、ここからさらにギアを上げようかと思っていたら、
同室の梶川が部屋に入ってきた
「精が出るなあ、そないにがんばってどうすんの?」
嫌らしい笑顔を浮かべながら、机に座って勉強していた俺のノートを上からのぞき込む
「今隣の部屋の2人と話とったんやけど、歩いて行けるところにラーメン屋があるらしいわ。せっかくやから同期で少し飯でも食わへんかって話になったんやけど」
合宿中はとにかくストレートで卒業出来るように、精一杯勉強する気ではいたし、
目の前にいる男は、やや距離を置きたいタイプではあるものの、
これから同じ仕事をすることになる、他の「仲間」には興味があった
「どないする?行くか?」
こんな聞かれ方して、肯定的な返答をしたくはないが、
「行きますわ」
こんな奴ばかりではないやろう
続く
0 件のコメント:
コメントを投稿