2020年1月31日金曜日

最後の出勤

駅に入ると、カジュアルなジャンパーを来た年配の男性がタクシー乗り場で一人待っていた。

人身事故で電車が止まって、駅には行列が出来ていると思って入ったのに、待っていたのは一人だけ。

時間的にも電車のトラブルで取引先への訪問が遅れたスーツ族を想定していたのに、全てが想定外だった。

「XXまで」

乗車してきた男性の行く先は郊外の工場集積地の大企業工場で、それもまた想定外だった。

「分かりました」

「いやー、ひどい目にあった」

「電車ですか」

「あぁ、代替バスに乗って、(30分のところ)2時間もかかったわ」

「それは大変でしたね…」

男性はやっと駅からタクシーに乗れて安心したのか、饒舌に話し始めた。

「それにしてもこの辺は食うとこないな。どこ(の店)入ってもまずい!XXもあかんし、XXの中華丼は米がまずくて上の餡だけしか食べれんかった」

「(ちょうど通過していた)この店はおいしいですよ」

「(駅から)こんなとこまで歩けるか!」

「そうですね…」

それにしても、どう見ても休日に遊びに来た感じに見えるのだが、行き先が企業とは…しかも駅から6~7キロほどの距離である。

「(今日は)仕事ですか?」

「そうや。でも(今9時過ぎで)10時過ぎまでやから、行ってもほとんど終わりやけどな」

「あぁ…製造現場ですか?」

「いや、配送の管理やけど…まあ(今日は)どうでもええわ」

「…??」

「今日が最後やねん」

「えっ!」

タクシーに乗ると、こういう瞬間に出くわすことがあって、その会話や、話す表情なんかは日常では見られないものである。

「今日が最後やから、仕事より荷物まとめとかな。そういうのや」

「あぁ、長いこと勤められたんでしょうね」

「あぁ、でも、もうええわ。十分やわ」

この辺からはちょっとルームミラーが見られなくなった。

乗車してから怒涛のように話続けていた男性は少し沈黙していた。

「これからは家でゆっくりされるんですか?」

「まあ、そうやな。食うことくらいしか楽しみないから。昼間からうろうろ店屋探して歩くわ(笑)」

「おいしい店探してくださいね」

「うまい店なんかあるか!まずいとこばかりや(笑)」

会社のゲートに入ると、従業員の入り口につけた。

「2,XXX円です」

「はい、ありがとな」

「領収書は?」

「そんなもんいらんわ」

会社まで自腹でタクシーか…長いこと仕事してたら余裕出来るんかな。

3千円出されて、雰囲気的に釣りは要らん(チップ)と言われるかと思ったが、そんなこともなかった(下衆な期待すんな)。

男性の人生最後の出勤の後ろ姿を見送って、また駅に戻った。

4 件のコメント:

  1. 最後の出勤日ですか。
    そう言えば、
    「私のIT業界の最後の出勤日はどうだったかな?」
    と、完璧に忘れております。
    大変だった日々の事は鮮明に覚えておりますが。

    返信削除
    返信
    1. 実際は「最後の出勤」ではなく、この後もシルバーセンターの仕事とかいろいろあるのかもしれません。
      どちらにしても過去は過去、今を楽しんで、前を向いていきましょう!

      削除
  2. このような実話集がいいね。表現もうまい。幽霊の話はどうなったかな?

    返信削除
    返信
    1. ありがとうございます!

      実話集、なかなか難しいですが…たまには(笑)

      しかし客との会話でも、昔話ばかりする人と、今の話、未来の話をする人と、聞く方はどちらも面白いのは面白いのですが、昔話ばかりしている人は未来はないかなと思ってしまいます。
      人のふり見て、わが身を正せです。

      幽霊か…

      削除