2014年6月26日木曜日

タクシーストーリー小休止~地理試験について(大阪編)


地理試験とは何か・・・(筆者がワールドカップに夢中になってストーリーが滞ってるらしいやんか)

地理試験は全国のタクシードライバーに義務付けられているものではない。

現在は「特定指定地域」とされる東京、大阪、 神奈川でのみ実施されているテストだが、

2015年10月(消費税10%移行時)には全国13の「指定地域」に義務付けが広げられると言われている。

ちなみに13の指定地域とは、

1. 札幌
2. 仙台
3. さいたま
4. 千葉
5. 東京
6. 横浜
7. 名古屋
8. 京都
9. 大阪
10. 神戸
11. 広島
12. 北九州
13. 福岡

この中で現在も行われている大阪の地理試験を簡単に説明すると、

大問3、小問40で、

問題1の25問は○×問題

大阪タクシーセンターのHPから抜粋の例題としては、

 ・NHK大阪放送局は本町通り沿い、中央区大手前にある

 ・黒門市場は、日本橋1交差点の南東、中央区日本橋にある

・大阪府警察本部門真運転免許試験場は、国道163号の南、門真市一番町にある

・新世界のシンボルとして有名な通天閣は、西成区天下茶屋にある

・シェラトン都ホテル大阪は、上本町6交差点の南東、天王寺区上本町にある

・大阪家庭裁判所は、中崎1交差点の南、北区中崎にある

・セントレジスホテル大阪は、谷町筋沿い、中央区谷町にある

・フェスティバルホールは、四ツ橋通り沿い、北区中之島にある

問題2の5問は記述式

・御堂筋と長堀通が交わる交差点は( )である

・なにわ筋で道頓堀川に架かる橋は( )である

そして問題3は10問、指定された場所を地図上から選ぶ問題

・ホテルニューオータニ大阪

・大阪証券取引所

・国立病院機構大阪医療センター


大阪在住の一般の方、いくつ分かりましたか?

合格基準が80%と聞いて、どう思いますか?

大阪でタクシーに乗っている全ての運転手がこうした試験をバスしています。

それでもあなたは、

「タクシー運転手は道を知らない」と言えますか? 

 弁護士や医者だって、大変な試験を通っても最初(新人の頃)は何が何だか分からないもんですよ。

経験を重ねる中で、いずれ顧客に「金には変えられない」価値を与えていく。

販売員だろうと、コンビニの店員だろうと、清掃業者だろうと、みんな同じだと思いますよ。

安ければ、「それなり」の価値がある

それでもあなたは、

「運ちゃん、もっと(料金)安くせい」と言えますか?
 

2014年6月5日木曜日

タクシーストーリー第11話~地理試験(1)

会社で3日間の地理研修を経て、

4日目は事故対策機構での適正診断、

その後はタクシーセンターでの3日間の研修、

このタクセン3日目に難関と言われる地理試験があり、

会社に戻って再び3日間の最終研修、

そして晴れて乗務デビューという流れになっている。

会社によっては、適正診断やタクセン研修を修了してから会社での研修をするところもあるようだが、

幸いにも、この阪北交通はタクセン研修の前に路上教習をさせてくれるので、ある程度の準備をした上で地理試験に臨むことが出来る。

タクセン研修へ向かう前に事務所に入ると、珍しく所長が顔を出していた。

面接の際に大きな顔をして座っていた、神経質そうで小柄な「所長らしき」男性はやはりこの営業所のトップで、佐藤という個性ある性の持ち主だった。

佐藤所長は、この数日見る限りではほとんど事務所にはいないようだった。

噂によると「得意先まわり」で忙しいようだが、どうやら遊戯場(パチンコ屋)での「営業」に力を入れているらしい。

この日の朝は事故処理のために通常より早くに呼び出されたらしく、機嫌が悪かった。

「おう、新人か。・・・あんた名前何て言ったかな」

いきなり指をさされたので、

「橋本です」

と答えると、

「ごめんな、ありふれた名前で覚えられへんねん。今日からタクセンか」

「・・・はい」

名前の「ありふれ度」では完敗やろと思いながら、俺は答えた。

「なんでうちがタクセン教習の前に内部研修やるか知ってるか?」

「やはり地理試験前に一通りの地理研修をさせて頂いたのかと・・・」

佐藤所長は顔の前で大きく手を振った。

「違う違う。3日間な、とりあえず人間見させてもらってんねん。

ここで使いもんならへん奴なら研修費払うのもったいないやろ。

早いとこ見切りつけさせてもらうねん」

地理試験の準備として路上教習をさせてもらってると良心的に受け取っていたので、俺は愕然として言った。

「・・・とりあえず第一関門はパスしたということですか」

所長は老眼鏡をクイっと上げながら、嫌な笑いを浮かべた。

「ここんとこ忙しくて、あんたらのことはほとんど見れてへんからな。

山岸(主任)なんかに任せてたら、どいつも『良い人材です』と来るから困ってんのや。

あいつも難しいことばっか抜かしてかっこつけてるけど、業界のことは何もわかってへんペーペーやからな。

『タクシーの将来は明るいですよ』

なんて平気な顔して言いやがる。

『踊る大捜査線』かなんかの見すぎやねんな」

俺には「踊る大捜査線」と「タクシーの将来」とのつながりが良くわからなかったが、

何となく言いたいことはわかった。

「山岸主任にはいろいろと教えてもらってます」

あまり主任に対する肯定的な評価は口にするべきではないと直感ではわかっていたつもりだが、正直な思いが口に出てしまった。

「ケッ、またかよ・・・あんな奴の言うこと信じてると痛い目に遭うで。

タクシーなんていうのは、職業人の地獄や。

ダメ人間の集まりやで。

あんたも若いし、今はまともな考え持っとるかもしれへんけど、この世界に入ったらだんだんと荒んでく。

俺はそういう奴らを嫌っちゅうほど見てきてんねん」

主任の言う「楽しい世界」と、この感じ悪い所長の言う「荒んだ世界」、この業界には現在その両方が共存しているのかもしれない。

「あの・・・時間なんで(タクセンに)行ってきます」

「おう、がんばって来いよ」

「ありがとうございます」

事務所を出ようとしたとき、所長に呼び止められた。

「おい、ちょっと待てよ。あっちでは地理(試験)もあるんやろ」

「はい」

「中之島に橋がいくつかかってるか知ってるか」

「・・・橋ですか。10くらいですか」

「西の北側から船津橋、上船津橋、堂島大橋、玉江橋、田蓑橋(たみのばし)、渡辺橋、御堂筋にかかる大江橋、天神祭りの鉾流橋(ほこながしばし)、こっから南北突っ切りで難波橋、天神橋、天満橋は中之島にはかかってへん・・・戻って、 栴檀木橋(せんだんのきばし)、淀屋橋、肥後橋、筑前橋、常安橋(じょうあんばし)、土佐堀橋、湊橋、端建蔵橋(はたてくらばし)、車が通れる橋だけで18ある。覚えときな」

「・・・」

「安心しろ。 栴檀木橋なんて出ることないから」

「・・・はたてくらばし・・・は出ますか」

「出ないよ」

所長は笑った。



2014年5月28日水曜日

タクシーストーリー第10話~研修(3)プライド

「『プライド』という話をしましたが・・・あの(車を)出してください。こんなところに行灯つけた車をいつまでも停めておくわけにはいきませんから」

坂井さんは右にウインカーを下ろした。

「・・・どちらへ行きます?」

「任せますよ。好きなように走ってください」

坂井さんはウインカーを戻して、ハザードランプを点けた。

「任せるって・・・」

「ハハハ、わたしは実際の乗務で何度かこれを言われたことがあります。初めて言われたときは戸惑って、あなたと同じ対応をしました」

主任は身を乗り出して、タクシーメーターをポンと叩いた。

「しかしそれでこのように停まっていたらそれで終わりです。金を請求することは出来ない。走ってなんぼなんですよ。商売なんです。

『任せます』と言われたら、

『わかりました』と答えてどんどん走ったら良い。

2度目のときから、わたしはそうしました。

そうするとね、会話が弾むんですよ。そういうおかしな人は、いろんな面白い話を持ってる」

「そんなこと・・・」

「あるんですよ。タクシーに乗ってると、いろんな奇妙な人に出会う。

映画『タクシードライバー』では、不倫している妻を追いかけている乗客がメーター倒したまま現場のマンションにずっと停まってたみたいなシーンがありましたけど、

『そんなこと・・・』が本当にあるんですよ。

1万円のチップを平気で置いていく客とかね」

「はぁ・・・」

坂井さんはハンドルを両手で握ったまま、固まっていた。

「ただしね、とりあえずは走らないと何も起こらない。それがこの仕事なんです。

ちなみに(映画『タクシードライバー』の舞台)ニューヨークのアイドル1分のタクシー料金は40セント、1マイル(1.6キロ)走れば2ドルですからね。5倍稼げます。

とにかく走りましょう」

「わかりました」

坂井さんは、再びウインカーを下ろした。

「毎日いろんなことがありますから、それをどう捉えるかでも変わってきますけど・・・

ある若者がね、就職先がなくてこの世界に入ってきたんですよ。

彼はある程度名の知れた大学を出ていて、

入ってきたときは、『就職先が見つかるまで』なんて言ってました」

「『腰掛け』ですか」

後部座席から俺が首を突っ込んだ。

「そういうことですよね。

それでも彼は、ものすごく勉強してましたね。

1年ほどで周辺の地理知識はかなりのレベルに達してました。

それでも、『この仕事は難しいですね。言われた通り黙って走るだけなら何とかなりますが、乗客の"荷物”を運ぶのは堪えます。重過ぎて持ちきれないときもあって・・・』

と言っていました。”荷物”ってわかりますか?」

「トランクサービスのことですか」

俺が答えると、

「違いますよ。彼が言っていたのは、物理的な荷物ではなくて、乗客の人生の中で背負っている”荷物”ということですよね。

そんなものは見えないふりをして・・・物理的な荷物も見えないふりをする運転手もいますが・・・乗務をするのと、そこに突っ込んでいくのとでは、同じ仕事でもその難易度に大きな違いが出てくるんですよ」

「見えない”荷物”ですか」

「そうです。映画であの不倫妻を追う男は何故トラヴィスと車内で『いっしょに』その現場を見なければならなかったのか。客観的にはわかりますけど、そこにいる『重さ』を想像してみてください。

金じゃないんですよ。いや、場合によっては金なんていくら払ってもいいんですよ。それを『いっしょに背負ってくれる』運転手であれば」

「確かに、重いですね・・・」

主任は続けた。

「まあそんな運転手でしたし、まだ若かったですからね。

あるとき取引先の社長から、その運転手を雇いたいという引き抜きの依頼があったんです。

ここよりかなり高い給与を提示されましたから、こちらも止めるわけにもいかず、彼に話したんです。

そうしたら、驚いたことに彼はそのオファーを断りました。

『もう少しここでやらせてください』

と言うんですよ」

「『もう少し』ですか」

「そう、『もう少し』って、いつまでここにいてくれるんや?

と聞くと、

『この仕事にプライドが持てるようになるまでです。そうしないと、きっとどこに行っても大した仕事は出来ないと思います』」

 車は静かに走り始めた。

「それがわたしなんです」

2014年5月15日木曜日

タクシーストーリー第9話~研修(2)

「ちょっとそこのコンビニに停められますか?」

研修2日目、山岸主任の言葉に俺は少し緊張した。

初日の研修は主任と2人で簡単な世間話をしながらのドライブのようなもので、業界の話はもちろん、今話題のニュースの話や阪神タイガースの抑え投手についてまでざっくばらんな会話をしながらも、不思議とリラックス出来なかった。

他愛のない会話の途中でちらっと助手席に座る主任の表情を見ると、眼鏡の下に鋭い目を光らせていた。

俺はこの人に試されている・・・

というちょっとしたストレスを感じていた。

研修2日目には、同じく今週より入社になる予定の新人で、坂井さんという人との同乗研修となった。

坂井さんは56歳とは思えぬほど肌の張りがあり、予想に反して豊富な髪の毛を携えていた。

「よろしくお願いします」

朝あいさつをすると、

「あ、あぁ、よろしく・・・」

テンションの低いリアクションやったが、その目つきと佇まいはキャパシティを超えるプライドを積んでいる重さを感じた。

最初に運転席に座った坂井さんは、運転中もほとんど口を開かず、それにつられるように助手席に座った主任も道の指示の他は沈黙を貫いていた。

何か張り詰めた空気を後部座席で感じていたときに、主任が突然コンビニで車を停めるように指示したのである。

恐らくここで自分と運転を交代するんだろう。

しかし、この状態で運転を交代しても俺は主任と一体どんな会話を交わせば良いのか。

昨日普通に会話しているのに、今日になって口を閉ざすのも不自然やし、

何より後部から坂井さんの視線に耐えられそうもない・・・

コンビニに駐車場はなく、坂井さんはハザードを焚きながら店の前の路上に車をきれいに寄せた。

今まで気づかなかったが、運転はうまかった。

「ちょっと待っててくださいね」

主任は車を降りると、コンビニに入っていった。

店から出てくると助手席に座りなおし、手に抱えた缶コーヒーを坂井さんと俺にそれぞれ渡した。

「ありがとうございます。運転代わりますか?」

俺はコーヒーを今飲むべきか、どうするか考えながら質問した。

「いや、いいですよ。もう少し坂井さんに運転してもらうから」

主任はそう言うと、もう一つ抱えていた袋に入っていた大きなまんじゅうを出して口にほうばり始めた。

運転席から坂井さんが少し軽蔑するような目つきで、その様子を見つめていた。

「坂井さんは事業をされていたんでしたね?」

突然の主任の質問に、坂井さんは少し驚いたように目を剥いた。

主任は面接に同席しているので、履歴書に目を通している。

「え、えぇ・・・それが何か?」


「わたしも事業をしていた経験があります。 ここに来る人はほとんどが元会社員です。組織の中でプライドを捨てることが出来ずに流れて来るパターンが多い」

「はぁ」

坂井さんは主任の意図が分からないという表情で生返事をした。

「しかし、元自営業の方は正反対です。現実社会の中でプライドをずたずたにされてここに来ます。 しかしあなたはまだプライドをここに持ってきている」

「・・・」

「別に過去を詮索する気はありませんよ。ただここはそういうところなんです。

いろんな人のプライドが渦巻いている。

中身のないプライドも、傷ついたプライドもあります」

「わたしのプライドは『傷ついている』ということですか」

主任はその質問には答えずに、袋からもう一つのまんじゅうを出して食べ始めた。

「事業の経験者、元社長ってのは金の使い方を知らない。

今財布に入っている金をどう使うか計算するのでなく、とりあえず自分の思うままに使った後にその金をどう工面するか考えます。

まんじゅう食べますか?」

主任は袋から出したまんじゅうを坂井さんと俺に差し出した。

「レジの前にあったやつを買い占めました。

全部買うから安くならないか?と聞いたらバイトの学生が不思議そうな顔してましたよ」

坂井さんが始めて少し笑みを浮かべた。

2014年4月29日火曜日

タクシーストーリー第8話~研修(1)


暗いロッカールームだった。

学科試験を終えた翌日に営業所へ行くと、2階のロッカーへ案内された。

汚いロッカーに手書きで書かれた自分の名前を見つめながら、

俺は本当にここでやって行けるんやろか・・・

という不安を感じた。

ロッカーを始め、営業所の簡単な案内をしてくれたのは、面接で同席していた小太りの男性で、主任の山岸さんという人だった。

山岸さんは見た目40歳くらいで、事務所のスタッフの中では若い方だったが、言葉は全て敬語でとっつきにくかった。

「何か質問はありますか?」

「特に(ありません)・・・。あぁ、あの山岸さんは運転手をされてたんですか?」

事務スタッフの中では、なんとなく「浮いた」感じがしていた。

「うん、ちょうど君くらいの年齢からかな。少しの間運転手をしていたけど・・・」

「何で運転手になったんですか?」

山岸さんは始めて少し笑顔を見せた。

「その質問はここではあまりしない方が良いよ。延々と前職の話をされるか睨まれるかのどちらかだから。私の場合はいろいろあってね。でも運転手になって良かったと思ってるし、今でもいつか運転手に戻りたいと思ってるよ」

それ以上の答えはいらなかった。

山岸さんは続けた。

「今日からここで地理研修や簡単な法令や無線の説明をして、その後タクセン(タクシーセンター)で適正検査と地理試験の流れになります。研修は合わせて約10日間、うまく行けば来週には運転手としてデビュー出来ると思うよ」

地理試験?まだ試験あんのか。

「地理試験て難しいんですか?」

「君大学出てるらしいね」

「はい・・・一応」

「大学でどんな勉強してきたか知らないけど、地理試験では何の役にも立たないと思った方が良いよ。御堂筋は知ってる?」

敬語から徐々に管理者的口調になっていったが、不思議と圧力は感じなかった。

「(御堂筋くらいは)はい、もちろん」

「それじゃ、御堂筋と(国道)2号線が交わる交差点は?」

「梅田新道ですか」

「ほぉ、さすがやね。それじゃ新御堂と2号線の交差点は?」

「え?あの・・・わかりません」

「ははは、ちょっと意地悪な問題やったね。まず新御堂と2号線は交わらない。梅田新道で2号線は終わって、新御堂と交わるのは(国道)1号線やからね。交差点の名前は『梅新東』」

「はぁ・・・」

「君も今までいろんな勉強をしてきたやろけど、ときどき『なんで、こんな勉強せなあかんのやろ?』って考えたことあるやろ。そんなことを全く感じないのが地理試験の勉強や。満点目指してがんばってみ」

「分かりました」

「さあ、ちょっと周辺ドライブしてみよか。明日から同じ新人さんが来るから、その人といっしょに研修することになるけど」

「新人さん」?俺は教習所でいっしょだった女性を思い浮かべた。

「あの・・・その方ってもしかしたら女性ですか?」

「いや、56歳の男性やけど・・・そう言えば、来週女性が入る言うてたね。君と同じときに学科通ったけど、今週用事で来れへんらしいわ。残念ながら」

俺は一人暗いロッカールームに戻った。

2014年4月16日水曜日

タクシーストーリー第7話~学科試験

教習所を出た次の週に学科試験のため地域の試験場へ行った。

試験場へ行くと、先週まで教習所で共に暮らしていた面々がいて、

俺もそれなりに周りとコミュニケーションは取っていたので、

ちょっとした同窓会のような会話を交わした

「あの教官うざかったなぁ」

「一人めっちゃ可愛い娘おったやんなぁ!」

「あの禿げたおっさん、まだ鋭角練習しよったで(笑)」

やはり「おっさん」は目立っていたようだ。

学科試験の合格ラインは90点とはいっても、

○×(2者択一)やし、

落ちることはないやろと思っていた

しかし、週末はテキストを2回通り復習してきた。

それなりに学歴を持ってるプライドもあったし、

ここで勉強しておけば、後々きっと役に立つだろうという優等生的な想いもあったが、

何よりタクシーに乗ると決めたら、

一日でも早く乗りたかった

こんなところで立往生している場合ではない。

試験は50分で105問(後半15問はイラストを見て答える形式で、3問セットで全部合えば2点の配点)

1分で2問以上を解いていかなければならない

適当にどんどん先に進みたいが、合格ラインが比較的高いのでケアレスミスは許されない。

ひっかけ問題もあるが、教習所でもらった問題集を何度かチェックしていたので、

見たことのあるような問題が多かった。

これは満点いけるやろ・・・

と思っていた。

試験が終了して免許証交付の際、試験官が

「みなさん今日はお疲れさまでした。

合格者は順番に免許証をもらって退出してください。

なお、今回の試験は受験者数が157名

満点は1名でした。

・・・なんと女性ですよ(笑)

まあ、騒がず速やかにお願いします。

(会社へ戻って)これからが本番です。

がんばってくださいね」

試験官のコメントは短くクールやったが、

満点が自分でなかったことに少々ショックを受けた。

今回の受験者に女性は4、5名しかいなかったが、俺にはその「満点の女性」が誰かはすぐに分かった。

同じ教習所にいた女性で、名前を確か吉林さんと言い、何度か言葉を交わしたことはあった。

茶髪で若く、なかなかのべっぴんなので教習所でも男たちの視線を一心に浴びていたが、

話をするとかなり「すかして」いたので、

話しかけた男性も(特におっさんたちは)すぐに距離を置いていた。

帰りの階段で、吉林さんを見かけたので声をかけてみた。

「よう、 すごいね。満点やって」

吉林さんは振り返って、俺を見て少し笑みを浮かべた。

このとき初めて「可愛いな」と感じた。

「・・・あぁ、簡単よ。あなた頭良さそうに見えたけど大したことないんやね」

やはり「可愛くない」と感じた。

「最初の方の問題で、

『お客様を乗せて運転中、路上に走行するには危険と判断できる場所があったので、旅客にその事を告げて徐行運転をした』

っていうの、答え何にした?」

「・・・あぁ、危険な場所やから徐行するのは当然やろ。◯にしたけど」

吉林さんは、軽く息を吹いて言った。

「答えは×よ。危険な場所やから、旅客に降車してもらわないとダメ。

でも実際どの程度危険か知らへんけど、客に降りてもらうなんてありえへんやん

試験はあくまでも試験、現場のこと知らん警察の官僚が作ってるお遊びみたいなものよ」

そこ間違えとったか・・・

ショックを隠し、俺は表面上クールを装った。

「そうやんな。試験は試験、本番は本番や。これからやんな」

「本番?・・・何か簡単な試験で間違えた割には前向きやね」

「こんなもん、受かれば良いんよ。何点取ろうと知ったことちゃう。

ところで、どこの会社入るん?」

「阪北交通」

同じ会社やった。

2014年4月3日木曜日

タクシーストーリー⑥~教習所 後編

会社から指定されたのは、自宅から3駅ほどしか離れていない運転教習所だったが、

敢えて合宿を選んだ

合宿費用等も会社で負担してもらえるし(さらに日当1万がつく)、ちょっとした気分転換もあったが、

何よりどんな奴らがこの業界(タクシー業界)に入ってくるのか興味があった

自分が入ろうとしているにも関わらず、どこか他人事のように考えているところがあって、

今思えば、俺もどこかでこの業界に対する偏見(または差別意識)があったのかもしれない。

初日の講習を終えて、宿舎の部屋に入ると、

相部屋の男性が2段ベッドの下に座っていた

頭は禿げ上がり、スウェット上下を着た絵に描いたような「おっさん」で、俺のイメージに怖いくらいマッチしていた。

「・・・こんばんは」

「あっ、あぁ・・・どうも、相部屋の方ですか。よろしくお願いします」

おっさんのかしこまったあいさつは、イメージとは微妙にずれていた。

見た目は父親くらいの年齢に見えたが、20代の俺に対して使われる「敬語」は少々痛々しかった。

「よろしくお願いします」

一応申し訳ない程度に頭を下げた後、俺は用意していた質問をいくつかぶつけてみた。

「・・・あの、タクシーに乗られるんですか」

「えぇ・・・まぁ」

「また、どうして」

お前もタクシー乗るんちゃうんかい、という自問が飛んできた。

「はは・・・こんなこと言うと、笑われるかもしれないけど、実は若い頃からタクシーに乗りたいと思ってたんですよ。

大学出て、就職して数年は企業でシステム関係の部署に入っていたんですが、

なんていうか、ITブームみたいな時代でね、

自分で事業起こしてみようなんていう気になってしまって・・・

そういう時代やったんですよ」

とりあえず、この「禿げたおっさん」が大学を出ていることにびっくりした。

「どちらの企業にお勤めやったんですか?」

「XX電機です」

めっちゃ大手やん。まぁ、そんな気はしたけど。

一応自分もIT関係の仕事をしていたことを話すと、「おっさん」は続けた。

「友人とウェブデザインの会社を立ち上げました。27歳の時でした。

あんな時代でしたから、当初はうまくいきましたよ。

受注をこなすのに精一杯で、新しい引き合いがあるとうんざりしました。

一日中プログラムとにらめっこして、夜になったら新地へ繰り出して取引先と飲み歩きました」

27歳・・・今の俺と同じ歳、

この人は27歳で会社を辞めて起業して、俺はタクシーに乗ろうとしている・・・

「いま・・・おいくつなんですか」

「おっさん」は、この質問が来るのを分かっていたように、禿げ上がった頭を撫でながら爽やかな笑みを浮かべた。

「はは・・・こう見えてもね。まだ35歳なんですよ」

「えっ・・・」

言葉につまった。

あまりビックリしても失礼と思ったが、とにかく言葉が出なかった。

「8年でダメになりました。

いっしょに起業した友人は大手のポータル会社に引き抜かれていきました。

今思えば、数年前から話は出来ていたんですよ。

そこのポータルの仕事が増えて、サイトをアップデートする毎日でした。

取引先の社長は若くて・・・わたしより年下でしたね。

そのうちテレビに出ては、偉そうにITについて吹いていました。

彼は実際何もしてなかったし、ただ学歴ブランド(東大)にメディアが飛びついた感じでした」

あぁ、(最近世間を騒がしている)あの人か。

すぐに分かった。

「おっさん」は続けた。

「そのうち他の仕事を請け負うことが出来ないくらいに忙しくなって、

そのポータル会社の下請けのような形になってしまいました。

忙しいわりに、やりがいがどんどん薄れていって、

楽しいと思っていたウェブデザインの仕事もパターン化された流れ作業のようになっていきました。

そしてある日、わたしの『共同経営者』は他の何人かの従業員と共に引き抜かれ、

仕事は全くなくなりました。

会社に残されたわたしはピエロやったんですよ」

俺は部屋を出て、コンビニへ行って、

両手に持てる限りの酒を買い込んできた。

その夜は・・・いや次の朝まで「おっさん」と飲み明かした

一週間後に俺は卒検を無事通過し、「おっさん」は居残りとなった。

ほとんどの生徒が予定通り卒業していく中で、おっさんは学科は誰よりも優れていたが、

実技がどうにもうまくいかないようだった

鋭角(2種だけの特別関門)と縦列駐車を何度も練習していた。

どうやら彼は居残りが宿命のようだ。

別の会社へ入社予定の「おっさん」と連絡先の交換をして、

俺は教習所を出た。

教習所の前の川沿いに、桜が咲いていた。