「ちょっとそこのコンビニに停められますか?」
研修2日目、山岸主任の言葉に俺は少し緊張した。
初日の研修は主任と2人で簡単な世間話をしながらのドライブのようなもので、業界の話はもちろん、今話題のニュースの話や阪神タイガースの抑え投手についてまでざっくばらんな会話をしながらも、不思議とリラックス出来なかった。
他愛のない会話の途中でちらっと助手席に座る主任の表情を見ると、眼鏡の下に鋭い目を光らせていた。
俺はこの人に試されている・・・
というちょっとしたストレスを感じていた。
研修2日目には、同じく今週より入社になる予定の新人で、坂井さんという人との同乗研修となった。
坂井さんは56歳とは思えぬほど肌の張りがあり、予想に反して豊富な髪の毛を携えていた。
「よろしくお願いします」
朝あいさつをすると、
「あ、あぁ、よろしく・・・」
テンションの低いリアクションやったが、その目つきと佇まいはキャパシティを超えるプライドを積んでいる重さを感じた。
最初に運転席に座った坂井さんは、運転中もほとんど口を開かず、それにつられるように助手席に座った主任も道の指示の他は沈黙を貫いていた。
何か張り詰めた空気を後部座席で感じていたときに、主任が突然コンビニで車を停めるように指示したのである。
恐らくここで自分と運転を交代するんだろう。
しかし、この状態で運転を交代しても俺は主任と一体どんな会話を交わせば良いのか。
昨日普通に会話しているのに、今日になって口を閉ざすのも不自然やし、
何より後部から坂井さんの視線に耐えられそうもない・・・
コンビニに駐車場はなく、坂井さんはハザードを焚きながら店の前の路上に車をきれいに寄せた。
今まで気づかなかったが、運転はうまかった。
「ちょっと待っててくださいね」
主任は車を降りると、コンビニに入っていった。
店から出てくると助手席に座りなおし、手に抱えた缶コーヒーを坂井さんと俺にそれぞれ渡した。
「ありがとうございます。運転代わりますか?」
俺はコーヒーを今飲むべきか、どうするか考えながら質問した。
「いや、いいですよ。もう少し坂井さんに運転してもらうから」
主任はそう言うと、もう一つ抱えていた袋に入っていた大きなまんじゅうを出して口にほうばり始めた。
運転席から坂井さんが少し軽蔑するような目つきで、その様子を見つめていた。
「坂井さんは事業をされていたんでしたね?」
突然の主任の質問に、坂井さんは少し驚いたように目を剥いた。
主任は面接に同席しているので、履歴書に目を通している。
「え、えぇ・・・それが何か?」
「わたしも事業をしていた経験があります。 ここに来る人はほとんどが元会社員です。組織の中でプライドを捨てることが出来ずに流れて来るパターンが多い」
「はぁ」
坂井さんは主任の意図が分からないという表情で生返事をした。
「しかし、元自営業の方は正反対です。現実社会の中でプライドをずたずたにされてここに来ます。 しかしあなたはまだプライドをここに持ってきている」
「・・・」
「別に過去を詮索する気はありませんよ。ただここはそういうところなんです。
いろんな人のプライドが渦巻いている。
中身のないプライドも、傷ついたプライドもあります」
「わたしのプライドは『傷ついている』ということですか」
主任はその質問には答えずに、袋からもう一つのまんじゅうを出して食べ始めた。
「事業の経験者、元社長ってのは金の使い方を知らない。
今財布に入っている金をどう使うか計算するのでなく、とりあえず自分の思うままに使った後にその金をどう工面するか考えます。
まんじゅう食べますか?」
主任は袋から出したまんじゅうを坂井さんと俺に差し出した。
「レジの前にあったやつを買い占めました。
全部買うから安くならないか?と聞いたらバイトの学生が不思議そうな顔してましたよ」
坂井さんが始めて少し笑みを浮かべた。
研修2日目、山岸主任の言葉に俺は少し緊張した。
初日の研修は主任と2人で簡単な世間話をしながらのドライブのようなもので、業界の話はもちろん、今話題のニュースの話や阪神タイガースの抑え投手についてまでざっくばらんな会話をしながらも、不思議とリラックス出来なかった。
他愛のない会話の途中でちらっと助手席に座る主任の表情を見ると、眼鏡の下に鋭い目を光らせていた。
俺はこの人に試されている・・・
というちょっとしたストレスを感じていた。
研修2日目には、同じく今週より入社になる予定の新人で、坂井さんという人との同乗研修となった。
坂井さんは56歳とは思えぬほど肌の張りがあり、予想に反して豊富な髪の毛を携えていた。
「よろしくお願いします」
朝あいさつをすると、
「あ、あぁ、よろしく・・・」
テンションの低いリアクションやったが、その目つきと佇まいはキャパシティを超えるプライドを積んでいる重さを感じた。
最初に運転席に座った坂井さんは、運転中もほとんど口を開かず、それにつられるように助手席に座った主任も道の指示の他は沈黙を貫いていた。
何か張り詰めた空気を後部座席で感じていたときに、主任が突然コンビニで車を停めるように指示したのである。
恐らくここで自分と運転を交代するんだろう。
しかし、この状態で運転を交代しても俺は主任と一体どんな会話を交わせば良いのか。
昨日普通に会話しているのに、今日になって口を閉ざすのも不自然やし、
何より後部から坂井さんの視線に耐えられそうもない・・・
コンビニに駐車場はなく、坂井さんはハザードを焚きながら店の前の路上に車をきれいに寄せた。
今まで気づかなかったが、運転はうまかった。
「ちょっと待っててくださいね」
主任は車を降りると、コンビニに入っていった。
店から出てくると助手席に座りなおし、手に抱えた缶コーヒーを坂井さんと俺にそれぞれ渡した。
「ありがとうございます。運転代わりますか?」
俺はコーヒーを今飲むべきか、どうするか考えながら質問した。
「いや、いいですよ。もう少し坂井さんに運転してもらうから」
主任はそう言うと、もう一つ抱えていた袋に入っていた大きなまんじゅうを出して口にほうばり始めた。
運転席から坂井さんが少し軽蔑するような目つきで、その様子を見つめていた。
「坂井さんは事業をされていたんでしたね?」
突然の主任の質問に、坂井さんは少し驚いたように目を剥いた。
主任は面接に同席しているので、履歴書に目を通している。
「え、えぇ・・・それが何か?」
「わたしも事業をしていた経験があります。 ここに来る人はほとんどが元会社員です。組織の中でプライドを捨てることが出来ずに流れて来るパターンが多い」
「はぁ」
坂井さんは主任の意図が分からないという表情で生返事をした。
「しかし、元自営業の方は正反対です。現実社会の中でプライドをずたずたにされてここに来ます。 しかしあなたはまだプライドをここに持ってきている」
「・・・」
「別に過去を詮索する気はありませんよ。ただここはそういうところなんです。
いろんな人のプライドが渦巻いている。
中身のないプライドも、傷ついたプライドもあります」
「わたしのプライドは『傷ついている』ということですか」
主任はその質問には答えずに、袋からもう一つのまんじゅうを出して食べ始めた。
「事業の経験者、元社長ってのは金の使い方を知らない。
今財布に入っている金をどう使うか計算するのでなく、とりあえず自分の思うままに使った後にその金をどう工面するか考えます。
まんじゅう食べますか?」
主任は袋から出したまんじゅうを坂井さんと俺に差し出した。
「レジの前にあったやつを買い占めました。
全部買うから安くならないか?と聞いたらバイトの学生が不思議そうな顔してましたよ」
坂井さんが始めて少し笑みを浮かべた。
「全部買うから安くならないか?」ってところが面白いですね。
返信削除商売の経験が無いと分からない感覚でしょうね。
遅れました・・・コメントありがとうございます。
返信削除「商売の感覚」が無いと、いろんな意味でタクシードライバーとしては成功できません。