「ふざけるのはやめろ、真犯人は誰なんだ?」
エリート警部の夏祭の苛立ちは頂点に達していた。
自分のような優秀な公務員が、彼の中で社会の底辺のヘドロのような存在であるタクシー運転手に遊ばれている。とても耐えられない状況であり、正直もう事件のことなどどうでもよくなりかけていた。
しかし気になるのである。
事件うんぬんでなく、どうもこの男の話は気になる。
「気になりますか?」
「ふん、どうせ松田が見つからなければこの事件は迷宮入りする。事件の発覚が遅れたのは、あのタクシー会社の管理体制の問題であって我々警察の責任ではない。要するにお前の推理などどうでもいいのだ」
「松田は見つかりますよ。お客さまのような優秀な警官たちがしっかり捜査されたらの話ですが。しかし彼は犯人ではない。見つかればそのことがはっきりするだけです」
「犯人でなければ、犯人に仕立てたらいい。そういう状況にあるのだから簡単なことだ。タクシー運転手が殺人を犯したとなれば新聞の見出し的にも目立っていいだろう・・・」
ドン!
ハンドルを叩く音がした。
運転席を見ると、影村がハンドルに突っ伏すように震えている。
「あ・・・悪かった。言い過ぎた。あの・・・顔を上げてくれ・・・または車を停めてから下を向いてくれ」
「阪神が負けました。新井は四番の器ではありません。チャンスで打てませんから」
謎の運転手は顔を上げると、目に涙を浮かべていた。彼の話は一貫していないことに関して一貫している。
「・・・設定は2月じゃなかったのか(プロ野球などやっているのか)?」
「お客さま、さすがでございます。良いところに気づかれました」
持ち上げてくれるのはいいが、話的に何か言い訳なり説明なりしてほしいと思いながら、これ以上この男と事件以外の話を続けたら(精神的に)危険だと思い夏祭は話を戻した。
「ところで、お前は犯人が誰だと思っているんだ?さっきの話だと車の様子を見に行った・・・なんと言ったかな」
「小池ですか?」
「そう、運転手の小池が怪しいということか」
「小池は犯人ではありません。もっとも小池は犯人を知っているかも・・・おそらく知っているでしょうが」
「犯人を知っている?なぜ隠す?犯人は一体誰なんだ」
影村は大きく、わざとらしくため息をついた。
「まだわからないんですか?」
「いいから話せ」
もう読者は事件の内容そのものを覚えていないぞ、と思いながら夏祭は高圧的に促した。
「えぇ、まずわたしが松田・・・事件車両を運転していたはずの運転手が犯人ではないと考えた理由は三つあります。一つ目は・・・」
①運転手が山中のルートを選択したこと
「あの山中のルート選択は確かに不自然だ。我々捜査陣の間でも問題になっている」
「もちろんでございます。これを問題にしなければ警察の存在価値などありません」
夏祭も影村の毒舌にやっと慣れてきたのか、この程度の発言には大して反応しなくなった。
「・・・まあいい。具体的にはどういうことなんだ?」「運転手によってルート選択は違います。とりわけ新人の運転手とあっては最適のルートを選ぶことが出来ないことが多いのも事実です」
「それならどんなルートを通っても不自然ではないというロジックになるんではないか?」
「いえ、いくらチケットとは言え場合によって高速道路を避けて山道を通ることはあってもおかしくありません。決定的な問題はあの東谷の山越えルートは高速道路を通るよりも遠回りになるということです」
「なんだと!山道を通っているのだからてっきり近道だと思い込んでいたが・・・どういうことなんだ?」
夏祭は運転席に乗り出してきた。
「普通に考えて3ヶ月の新人運転手がわざわざ遠回りの下道を通ることは考えられません。しかも松田は大阪出身、伊丹に自宅があります。この上(北側)の道に詳しいとは思えません」
「だからそれはどういうことなんだ?」
「犯人はその方面の道にかなり詳しく、そして何らかの理由で意図的に高速を避けたと思われます」
「高速を避けた?」
「そうです。高速の入口には防犯カメラがありますから運転手の写真が撮られることがあります。『ベテランの運転手なら』そのことを知っているはずです」
そして影村は次の理由に話を移した
②松田がナイトシフトで乗務していたこと
「それがなぜ松田リジェクトする(犯人から外す)理由になるんだ?」
「ナイトシフトというのは要するに夜に仕事を始めて次の日の朝まで乗るスタイルで、タクシーの乗務としては夜と朝の、いわゆる『いいとこ取り』で一般的に最も稼げるシフトです」
「だから何なんだ?」
「松田は入社3ヶ月と言われましたね。そのような新人乗務員が、その美味しいナイトシフトの仕事をさせてもらえるはずがないということです」
夏祭は軽く目を閉じた。
「うーん・・・普通の仕事なら夜中に働くなんてのはいやがって当たり前やからな。新人だからこそ(夜に働かされた)と思っていたが」
「さらに言いますと、被害者が乗車した川北のバーは我々も知っている高級バーです。そういったところは遠方の仕事が多いでしょうから、新人乗務員が配車されて行くのは不自然ですね。もっともこれは決定的な証拠にはなりえませんが」
「証拠?一体なんの証拠だ」
「運転手が松田ではなかった、という証拠です」
そして3つ目③(松田の自宅の)郵便受けに残された新聞
「松田が事件の数日前から自宅に帰っていなかったことが、なぜ松田が犯人でないという理由になるんだ?」
「タクシーの仕事をしている人間が自宅に帰らないなんてことはあり得ませんよ」
「なぜだ?」
「家でビールを飲みたいからです」
「理由になってない」
「とにかく松田は既に運転手をやめていたということです」
「辞めていた?どういうことだ・・・なぜ家に帰らないんだ?」
影村は少し間をおいた後、トーンを下げて言った。
「残念ながら、この世界にはよくあることです。入社して間もないドライバーが売上金を持って消える。当然自宅に帰ることは出来ませんし、他の多くのドライバーもすぐにそのことを知ることはありません」
「な、な、なんだって。タクシーごときのわずかな売上金を持って人生を棒に振るのか?」
「・・・人生を棒に振るほどのことではありませんよ。それ以前にその運転手が数日でも働いていたら、逃げられても会社はその分の給料を払う必要がありません。会社はほとんど損をしませんから問題にすることもないわけです」
夏祭は信じられないという表情で首を左右に振った。
「給料日まで待てなかったということか・・・タクシーごときのわずかな給料を」
「ま、まあそういうことになりますね。とにかくこの事件は消えてしまったその運転手を影武者に利用した殺人事件ということです」
「影武者?」
「そうです。今まで話したことの全てをコントロール出来る人間が一人だけいるのです」
いやいや!面白くなってきましたね♪
返信削除この運転手さんと、夏祭と言う刑事さんのやりとりが、ツボにはまってしまってます( ̄∇ ̄*)ゞ
続きが、本当に楽しみです(*´∇`*)
ありがとうございます!
削除話の中に現実にあるタクシー業界の問題をはさんでいるので現役のドライバーにとっても面白いと思うんですよね。
長すぎるという批判も受けてますが・・・
うわぁ~~ 未だ引っ張るの? そろそろ完結かと思っていたんだけど‥・
返信削除imomushiさん
削除相変わらずいい突っ込みですね。
当初は2回で終わるつもりだったんですよ。
ゴールデンウィークの暇つぶしと思って・・・
資料も物語も長すぎると読者も興味を失いますよね。
まあまあ、所詮ブログですからお許しください。