2012年5月21日月曜日

謎解きはタクシーの中で〜現場が勝ち組

「そうです。今まで話したことの全てをコントロール出来る人間が一人だけいるのです」

宝塚署のエリート警部の夏祭はこの言葉を聞いて、やっとこいつの長い講釈も終わるのかというほっとした気持ちと、タクシー車内での会話がここまで長引いたことについて、

一体俺の家はどこまで遠いんや

という素朴な疑問を感じていた(何気に遠回りされているとは微塵も疑っていなかった)。

「いよいよ謎解きの本番か。そろそろストレートに行こうやないか。犯人は誰なんだ?」

「そうですね。わたしは話でも仕事でもストレートに行くのはあまり好きではないのですが、まあ時間もないので行きましょうか」

話を引っ張るのもうざいが、「仕事でもストレートに行かない」というのはどういう意味なんだろうと夏祭は考えていた。

「犯人は配車室長の吉塚進です」

「なにぃ!・・・何を言っている。吉塚にはちゃんとアリバイがあるじゃないか」

「配車室にいたもう一人のアルバイトのおじいさんの証言ですか?そんなものをまさか信じているわけではないでしょうね」

「・・・『そんなもの』ってお前、高齢者をバカにするのか。おじいさんたちが真面目に働いてくれなければこれからの高齢化社会を乗り切ることはできないぞ」

夏祭はこの謎のドライバー影村の突っ込みを正面から受け止めることが出来ずに、世間話なのかなんなのかわからない逃げ方をした。

「いや何も言わなくてもこの国では高齢者はがんばりすぎるくらいにがんばってますよ。特に我々タクシー業界はその象徴と言えるでしょう。しかしアルバイトとなると、室長レベルでもいつでも簡単にクビを切ることができます。要するに吉塚に指示されたことは何でもする、言ってみれば『(千と千尋の)顔なし』のような人間の証言がアリバイになるわけがないでしょう」

「顔なし」はそれほど従順だっただろうか、それよりも「ターミネーター2」の方がよっぽどよく言うことを聞いたじゃないかと思いながら夏祭は言った。

「吉塚に動機があるのか?」

この生意気なドライバーの影村に押されっぱなしだった夏祭にしては、これはプロらしい突っ込みであった。

「別の会社の配車室にいる知らないおっさんの動機なんて知ったこっちゃありません。とにかくこの世界、タクシー業界で最も強い権力を持っているのは、それがどういうポストであれ、お客さんの予約の電話を受ける人間なんです。その権力をうまく利用すれば運転手を思いのままに操ることができる。そちらのロジックからこの事件の真相を引き出すことが出来たんです。動機は後から付いてくるでしょう」

「・・・その『ロジック』とやらを聞こうじゃないか」

「とにかく先ほど申し上げたように、わたしのようにこの世界を知り尽くした人間からすると、この事件はその松田という新人運転手が犯したという仮説を立てるといくつもの交差点でぶつかって動けなくなるんです」

「おそらくお前のような運転手は実際にいくつもの交差点でぶつかっていることだろう」

「タクシー会社の配車室にいるような人間はほとんどが元運転手というのが実情です。運転手の中でも会社にうまく媚を売って事務所に入っている人間と言いましょうか」

「ふむ、お前のような運転手は逆立ちしても事務所には入れないということは何となくわかる」

「しかし小さな会社では配車室にいる人間が状況によって車(タクシー)に乗るなんてことはよくあるんですね。元運転手ですから、そんなことは問題なく出来るわけです」

「事務所にいる人間がなぜタクシーに乗るんだ?」

「まあ、理由はいろいろあるでしょう。普通に忙しかったからということもあるでしょうし、ちょっとバイト代を稼ごうということもあるかもしれません」

「吉塚もバイト代を稼いでいたということか」

「まあそれもあるかもしれませんが、今回に限っては吉塚はその被害者の女性と何らかの関係を持っていたんでしょう。男女の関係だったのかもしれません。そして彼女から電話があったときは吉塚が自らタクシーに乗って迎えにいっていたと考えられます」

「それではアッシー君やないか」

「ずっこけるくらい古い言葉ですが、その通りです。そして事件のあった日、彼女から電話があって喜んで配車先のバーに向かったらなんと他の男を連れて乗り込んできた。そこで口論となり手を下してしまったんでしょう」

「うーん、確かに辻褄はあってくるな。それでは小池という運転手はなぜ犯人が吉塚と知っていて黙っていたんだ?」

「吉塚が事件を起こしたあと現場に迎えに行ったタクシーはおそらく・・・いや間違いなく小池でしょう。配車室は客からの電話をもらって運転手に振る、いわばこの世界では最も強い権力を持っている場所です。その権力というか、『えさ』に犬のようにまとわりつく運転手がどの会社にも数人いるわけです」

「会社の犬・・・か」

「そうです。配車室のようなところは犬のように簡単に操れる運転手を何人か抱えているわけです」

「それではその犬・・・小池は事件のあと現場に行って何をしたんだ?」

「おそらく別の犯人を仕立てるために、数日前に失踪していた運転手である松田の乗務員証を車にセットするのが小池の役割だったんでしょう。そして車の鍵を閉めて警察に連絡した。警察はまんまとその飼い主と犬のコンビにだまされたわけです」

夏祭は屈辱と共に、これを俺の手柄にしてしまえばまた昇格できるという下心を胸に抱え、また目を閉じた。

「見事な推理だ。お前のような奴を運転手にしておくのは惜しいな」

「これでもわたしは何度も事務所に入らないかと誘われては断ってるんですよ。一応運行管理者の資格も持ってますし」

「うんこ管理者?ずいぶん汚い資格を持っているんやな。それなら事務所に入ったらいいだろう。少しは社会的地位も上がるぞ」

「・・・あまり知られてませんがタクシー会社でもっとも地位が高く、楽しくて、収入も良いのは運転席なんですよ。実際多くの事務方が最後には運転席に戻ってきます。現場が勝ち組の数少ない職業なんですよ」

そしてこの長いクルーズは終わりを告げ、夏祭の自宅のエルヴィスタマンションの車寄せに影村はタクシーを停めた。

(散々遠回りした)メーター料金は3,500円になっていた。

「どうもありがとう。お前・・・いや運転手さんのおかげでタクシーを見る目が少し変わったよ」

夏祭は5千円札を出した。

「ありがとうございます」

影村は恭しくその5千円札をスーツの内ポケットに入れると、後部座席のドアを開けた。

「またよろしく頼むよ」

夏祭は(釣りを請求することなく)笑顔を見せてタクシーを降りた。

「いえ、タクシーでの出会いは一度きりです。(チップは頂きますが)もう2度と会うことはないでしょう。

2 件のコメント:

  1. 小池は共同正犯だと思っていたんだけど、只の使いっ走りでしたか。

    確かにかつては配車室には嫌なやつが結構居ましたからねぇ。最近のGPS配車は公平になったように見えますが、それでも操作はできるようで‥・

    あ、運行記録計はタコグラフですから。タコメーターは回転計。

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    1. imomushiさん

      ありがとうございます!

      まあずるずると来ましたが、いろんなメッセージを挟むことが出来て自己満足出来る程度には仕上がりました。

      個人(タクシー)ならまたいろいろあるんでしょうが、その辺も興味あります。

      >運行記録計はタコグラフですから

      相変わらず鋭い突っ込みですね…確かにです。
      しかし何となく「タコメーター」と言ってしまいますね。タコグラフの存在を知らない人からすれば変な表現ですよね。

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