
12月に入るとタクシーの利用は増える
感覚的に分かってはいたが、
これほどとは思わなかった
今まで一生懸命研究してきた「(客のいる)ルート検索」など全く意味をなさない
何しろ、どこに行っても客がいるのだ
道行く人はすべてタクシーを探している
そんな錯覚を起こしそうなくらい
街は人に溢れ、
そしてその多くがひょいひょいと手を挙げて、タクシーを停める
こうなるとある種のリズムみたいなものが生まれてきて、
停めて、走って、乗せる
その繰り返しである
このリズムが生まれてくると、行き先を言われた途端にルートもパッと頭に思い浮かぶ。
不思議なものでなかなか乗せられないときは、行き先を言われても、「・・・えーと、あそこから・・・そうか、あの道入って・・・」
と時間がかかるが、仕事のインターバルが短くなるほどに頭の回転も早くなる。
クリスマスが近づくにつれて、若い男女の乗車も増えてくる。
しかし、期待したイブの夜はさっぱりだった
車の数は減り、街を歩く人並みも見るからに少なかった。
夕方暗くなり始めた頃、苦し紛れに御堂筋を走っていると、本町あたりで手があがった。
若い女性だった
ドアを開けると、女性はそれほど急いだそぶりも見せずに後部座席に腰を降ろした。
黒っぽいビジネススーツを来て、茶髪のショートヘアは見事にカールがかけられていたが、
その顔は見覚えがあった
「あっ」
俺は思わず声をあげた。
「あぁ・・・、あの」
女性も何かを言いたそうにしていた。
名前が出てこないのだろう。
「地理試験のとき会いましたよね。・・・あ、なんばまでお願いします」
「あぁ・・・とんでもない偶然やね」
俺も名前が出てこなかったが、目の前にいる女性が地理試験を抜群の成績でパスした女性であることはとりあえず認識できた。
「偶然・・・偶然かぁ、偶然ねぇ」
女性は「偶然」という言葉を繰り返した。
「逆に、この世の中で偶然でないことを探す方が難しいのかもしれないわね」
突然意味深なことを言うやんか。
「どうやら、運転手をしている服装には見えないけど」
女性はどう見ても、「仕事中」という出で立ちだった。
「うん、結局コンサルなんかの仕事がどんどん入ってきて・・・出来る女は辛いわね。やりたいことも出来ない」
ルームミラーを見ると、女性の大きな目と目があってドキッとした。
「タクシーが『やりたいこと』だったわけ」
「もちろん」
「また、どうして?」
「あなたは、どうしてタクシーに乗りたいと思ったの?」
突然振られた質問ではあるが、今までに何度となく聞かれている質問でもある。
その度に、その場しのぎの適当な答えをしてきた気がするが、
このときは少しじっくりと考えてみた
一体なぜ俺はタクシーに乗ろうと思ったんだろう。
「一人・・・」
「え?」
「一人になりたかったからかな。それまでの仕事がほんまに忙しくて、周りの人間に気を使ったり、PCの画面とにらめっこしたり、なんか自分がどんな人間なのか自分でも分からなくなってきて」
「ふんふん・・・説明下手やけど、なんか分かる気がするわ」
「一人になって自分を見つめ直したかった・・・のかな」
「それで、何か見つかった?」
この質問は始めてやな。
何か見つかったんやろか。
多くのものを見つけた気もするし、何もまだ見つけていない気もする。
「分からないな。まだ(タクシー乗り始めて一年も経ってないし)でも、この先何か見つかりそうな、そんな予感はするよ」
「なんか、ちょっと羨ましいな」
女性は窓の外を見ていた。
グリコの看板が左手に見えていた。
「それで・・・そっちは、なんでタクシーに?」
「うーん・・・なんでかしら、ハハ」
「ハハじゃないやろ。何かヒントをくれよ。この先何か見つけるための」
「わたし、今からなんばのホテルでセミナーの講師やるの。テーマは『女性の起業とマネジメント』、カッコいいでしょ?」
「・・・」
「18時からのスタートで参加者は30名、定員がすぐに一杯になるくらい人気なんだから」
「自慢話?」
「参加者は事前に決まってるし、ほとんどが女性、それもビジネスをしようとか、少なくとも興味のある人たち。話す内容も大体同じなのよね。そのときの時世の変化はフォローしていくけど、ビジネスに関することって基本的に不変のものだから」
「確かにね」
「何も決まってないことをやってみたいっていう気持ちかもしれない。タクシーに乗ろうと思ったのって。何かのキャリアを築くのって基本的に同じことの繰り返しをしながら、そのクオリティをブラッシュアップしていくみたいなところがあるけど、ある程度出来上がって(慣れて)来ると仕事の効率は上がるけど、面白みはなくなるみたいなところがあって」
「分かる分かる」
「どこかで急に時間の流れが早くなるのよ」
「『時間』的な概念ね(収入ではなく)」
「『偶然』ってなんか素敵な響きがあるでしょ」
「偶然ねぇ・・・確かに、この仕事偶然の繰り返しで、時間はゆっくりと流れていく気はするよ」
「その『ゆっくりとした時間』も魅力的」
なんば駅のロータリーを横目に、ホテルのエントランスに車を入れた。
「正面に付けて良いのかな」
「お願いします、近いところでごめん」
「いえいえ、良い仕事してください」
ホテルの正面玄関に付けると、俺がドアを開ける前に身長190センチはあるかというベルマンが近づいてきて、徐にドアを開けた。
女性は支払いを済ませると、今まで俺なんかと一言も会話をしていなかったかのような表情で車を降りた。
俺もそれに合わせて、何事もなかったように前を向いてドアを閉めた。
車を出す瞬間、横目で見ると、女性が回転ドアでホテルに入っていくところだった。
少し目があった
こちらに向かって何か小さく口を動かした。
「メリークリスマス」
聞こえるはずがないのに、確かにそう聞こえた。
ラジオからずっと流れていたクリスマスソングに、このときやっと気づいた。
前を見ると、大きなクリスマスツリーが青く光っていた。