2014年12月25日木曜日

タクシーストーリー第23話~メリークリスマス



12月に入るとタクシーの利用は増える

感覚的に分かってはいたが、

これほどとは思わなかった

今まで一生懸命研究してきた「(客のいる)ルート検索」など全く意味をなさない

何しろ、どこに行っても客がいるのだ

道行く人はすべてタクシーを探している

そんな錯覚を起こしそうなくらい

街は人に溢れ、

そしてその多くがひょいひょいと手を挙げて、タクシーを停める

こうなるとある種のリズムみたいなものが生まれてきて、

停めて、走って、乗せる

その繰り返しである

このリズムが生まれてくると、行き先を言われた途端にルートもパッと頭に思い浮かぶ。

不思議なものでなかなか乗せられないときは、行き先を言われても、「・・・えーと、あそこから・・・そうか、あの道入って・・・」

と時間がかかるが、仕事のインターバルが短くなるほどに頭の回転も早くなる。

クリスマスが近づくにつれて、若い男女の乗車も増えてくる。

しかし、期待したイブの夜はさっぱりだった

車の数は減り、街を歩く人並みも見るからに少なかった。

夕方暗くなり始めた頃、苦し紛れに御堂筋を走っていると、本町あたりで手があがった。

若い女性だった

ドアを開けると、女性はそれほど急いだそぶりも見せずに後部座席に腰を降ろした。

黒っぽいビジネススーツを来て、茶髪のショートヘアは見事にカールがかけられていたが、

その顔は見覚えがあった

「あっ」

俺は思わず声をあげた。

「あぁ・・・、あの」

女性も何かを言いたそうにしていた。

名前が出てこないのだろう。

「地理試験のとき会いましたよね。・・・あ、なんばまでお願いします」

「あぁ・・・とんでもない偶然やね」

俺も名前が出てこなかったが、目の前にいる女性が地理試験を抜群の成績でパスした女性であることはとりあえず認識できた。

「偶然・・・偶然かぁ、偶然ねぇ」

女性は「偶然」という言葉を繰り返した。

「逆に、この世の中で偶然でないことを探す方が難しいのかもしれないわね」

突然意味深なことを言うやんか。

「どうやら、運転手をしている服装には見えないけど」

女性はどう見ても、「仕事中」という出で立ちだった。

「うん、結局コンサルなんかの仕事がどんどん入ってきて・・・出来る女は辛いわね。やりたいことも出来ない」

ルームミラーを見ると、女性の大きな目と目があってドキッとした。

「タクシーが『やりたいこと』だったわけ」

「もちろん」

「また、どうして?」

「あなたは、どうしてタクシーに乗りたいと思ったの?」

突然振られた質問ではあるが、今までに何度となく聞かれている質問でもある。

その度に、その場しのぎの適当な答えをしてきた気がするが、

このときは少しじっくりと考えてみた

一体なぜ俺はタクシーに乗ろうと思ったんだろう。

「一人・・・」

「え?」

「一人になりたかったからかな。それまでの仕事がほんまに忙しくて、周りの人間に気を使ったり、PCの画面とにらめっこしたり、なんか自分がどんな人間なのか自分でも分からなくなってきて」

「ふんふん・・・説明下手やけど、なんか分かる気がするわ」

「一人になって自分を見つめ直したかった・・・のかな」

「それで、何か見つかった?」

この質問は始めてやな。

何か見つかったんやろか。

多くのものを見つけた気もするし、何もまだ見つけていない気もする。

「分からないな。まだ(タクシー乗り始めて一年も経ってないし)でも、この先何か見つかりそうな、そんな予感はするよ」

「なんか、ちょっと羨ましいな」

女性は窓の外を見ていた。

グリコの看板が左手に見えていた。

「それで・・・そっちは、なんでタクシーに?」

「うーん・・・なんでかしら、ハハ」

「ハハじゃないやろ。何かヒントをくれよ。この先何か見つけるための」

「わたし、今からなんばのホテルでセミナーの講師やるの。テーマは『女性の起業とマネジメント』、カッコいいでしょ?」

「・・・」

「18時からのスタートで参加者は30名、定員がすぐに一杯になるくらい人気なんだから」

「自慢話?」

「参加者は事前に決まってるし、ほとんどが女性、それもビジネスをしようとか、少なくとも興味のある人たち。話す内容も大体同じなのよね。そのときの時世の変化はフォローしていくけど、ビジネスに関することって基本的に不変のものだから」

「確かにね」

「何も決まってないことをやってみたいっていう気持ちかもしれない。タクシーに乗ろうと思ったのって。何かのキャリアを築くのって基本的に同じことの繰り返しをしながら、そのクオリティをブラッシュアップしていくみたいなところがあるけど、ある程度出来上がって(慣れて)来ると仕事の効率は上がるけど、面白みはなくなるみたいなところがあって」

「分かる分かる」

「どこかで急に時間の流れが早くなるのよ」

「『時間』的な概念ね(収入ではなく)」

「『偶然』ってなんか素敵な響きがあるでしょ」

「偶然ねぇ・・・確かに、この仕事偶然の繰り返しで、時間はゆっくりと流れていく気はするよ」

「その『ゆっくりとした時間』も魅力的」

なんば駅のロータリーを横目に、ホテルのエントランスに車を入れた。

「正面に付けて良いのかな」

「お願いします、近いところでごめん」

「いえいえ、良い仕事してください」

ホテルの正面玄関に付けると、俺がドアを開ける前に身長190センチはあるかというベルマンが近づいてきて、徐にドアを開けた。

女性は支払いを済ませると、今まで俺なんかと一言も会話をしていなかったかのような表情で車を降りた。

俺もそれに合わせて、何事もなかったように前を向いてドアを閉めた。

車を出す瞬間、横目で見ると、女性が回転ドアでホテルに入っていくところだった。

少し目があった

こちらに向かって何か小さく口を動かした。

「メリークリスマス」

聞こえるはずがないのに、確かにそう聞こえた。

ラジオからずっと流れていたクリスマスソングに、このときやっと気づいた。

前を見ると、大きなクリスマスツリーが青く光っていた。



 

2014年12月10日水曜日

タクシーストーリー第22話~猫がいなくなりました4

「タクシーの運転手さんって、好きな人多いって聞いたことあるんですけど・・・」

タクシードライバーに薬中が多いというのは業界の「神話」になっているが、果たして本当にそうなんだろうか。

麻薬にハマる奴らを自分は知らないが、確かにいるのかもしれない

しかし一般的に薬中は存在するわけで、

運転手にその率が多いのだろうか

それは詳しいデータを見たわけでもないので真偽のほどは分からないが、

車内で自分だけのスペースを持つことの出来る仕事だけに、他の煩わしい仕事に比べたらそういったものに「手を出しやすい」ことは認めざるを得ない。

心の弱さ

それは、タクシーに限らず人間の持つテーマである。

欲望に流されるか、踏みとどまるか

ときには、

欲望を抑えたために後悔することもある

恋愛にしても、起業にしても

「あのとき勇気を出して、勝負していたら・・・(『前向きに』人生は変わっていた)」

なんてこともあるだろう。

しかし「後ろ向きに」人生が変わることもある

何度も言うが、これはタクシーに限ったことではない。

弱い人間たちの話である

それなら、タクシーという世界に「弱い人間」が多いのか?

今のところこの質問には、「イエス」と言わざるを得ない。

まだまだこの世界は浄化されていない。

だからこそ俺たちのような「若者」がこの世界には必要なのだ

俺は少しトーンを変えた・・・いや自然と変わっていた。

怒りがこみ上げてきた。

「それはどういうことですか?」

「・・・いえ、あの・・・タクシー運転手さんって、あの・・・なんかそういうイメージがあって・・・」

「どういう『イメージ』ですか?」

「なんか車内でいろいろ・・・」

「『いろいろ』、なんですか?」

ルームミラーを見ると、乗客は目を逸らしていた。

それだけ俺のトーンが上がっていたともいえる。

「すみません・・・忘れてください」

俺はフッと、一息ついた。

でも言いたいことは言っておかなくてはならない。

業界のために、全国・・・いや世界中のタクシー運転手のために(大げさやな)

「忘れませんよ」

「はい?」

乗客の声が震えていた。

「あなたの言葉は、わたしが運転手を続ける限り忘れることはないと思います。

わたしは・・・自分で言うのもなんですがまだ若いですし、

タクシーに乗り始めて正直まだ日も浅いですが、

この仕事が楽しくてたまらないんです。

日々楽しさが増していきます。

でも乗客と話したり・・・プライベートでも、この世界に対する『イメージ』の悪さを実感しています。

なんでそんな風に見られるんやろって、

やりきれない思いをすることもあります。

あなたは車内で大麻を吸ってる運転手を見たことがあるんですか?」

「・・・いえ」

「運転手で麻薬にハマってる知り合いがいるんですか」

「・・・いえ」

「ではなぜそういうことを言われるんですか?」

「・・・あの、『イメージ』です」

俺たちはこの「イメージ」と戦わなくてはならない。

形ないものだからこそ、なかなか消えないこの巨大な「塊」に立ち向かわなくてはならない。

それは先人の作った「負の遺産」なのかもしれない

しかし俺の接している「先輩達」の中には、本当に心の許せる、かけがえのない「チームメイト」もいる。

いや日本中の、世界中のタクシードライバーが「チームメイト」なのである(飲みすぎやって)。

「イメージでものを言わないでもらえますか」

「はい・・・申し訳ありません」

客に対して、ここまで自分のペースで突っ込める仕事が他にあるだろうか。

「ところで・・・猫は・・・?」

「はい・・・もういいです」

「でも大麻いうても、外から見たらタバコと変わらないんちゃいますか?猫が珍しそうに見る理由がないやないと思うんですけど」

「いえ、タバコとは見た目が違うんです」

「水パイプとか」

「はい、なんでそんなこと・・・(知ってるんですか)?」

「イメージです」

目的地に着いた、メーターは3千円と少し、

長い時間に感じたが、思ったほどでもない。

乗客は1万円札を置いた。

「これ、取っといてください」

「いえ・・・これは多すぎますよ」

「いいんです。そのかわり、ここで話したことは誰にも言わないでください」

「・・・(そういうことなら)分かりました」

ドアを開けると、乗客はゆっくりと降りていった。

ドアを閉めた。

1万円札を上着のポケットに入れようとして、手が止まった。

新札の1万円札は数えたら、5枚重ねられていた

そんなことあるかって?

ありますよ

疑うなら一度タクシーの運転席に座ってみたら良いでしょう。

2014年12月1日月曜日

タクシーストーリー第21話~猫がいなくなりました3

「猫が、庭から覗いてたんですか」

客観的にそれほど珍しい話でもないような気がする。

「はい」

「『覗いていた』わけではなくて、そこにいただけなんやないですか」

猫がその辺にいることなんて、よくある話である。

それを「覗いてる」「俺を見ている」というのは、ある意味「自意識過剰」ではないか。

この仕事していて、年配の乗務員と話をすると、とにかく「自意識過剰」が多い。

「前の会社では、部長に嫌われてた」

「自分のせいでプロジェクトがダメになった」

なんていうのは、まだ控え目で良い方で、

「みんな俺を頼って、自分がいなくちゃどうにもならなくなって疲れた」

「複数の女性社員で自分の取り合いになっていられなくなった」

おいおい、

と突っ込みたくなるような「ポジティブ派」に比べたら

まあ「猫」に対する「自意識過剰」は許したくなる 。

「そんなことありません。間違いなくわたしを見ていました」

「何故そう思うんですか?」

ルームミラーを見ると、乗客はちょっとやばいくらいに目を見開いていた。

その勢いに俺は思わず(ミラー越しに)目を逸らした。

「運転手さん、『たいま』ってご存知ですか?」

「『たいま』ですか?あの時間を計るやつですか」

「それは『タイマー』です。『たいま』、草のことです」

「『草』ですか・・・『大麻草』のことですか」

ミラーは見なかったが、男性が笑みを浮かべたのが気配で分かった。

「はい 。やめられなくて・・・部屋でやってたんです」

どうリアクションしたら良いんだろう。

話は面白くなってきたのかもしれないが、さすがにそこまで冷静になれなかった。

ハンドルを持つ手が震えてきた。

そこまで話さなくても・・・

「あの・・・」

何か言おうとした俺の言葉を遮ってくれたことに少しホッとした。

「それで彼女にも逃げられました。新しい家で、一緒に住み始めて、彼女にも勧めたんです。今思えば、彼女も苦しんだんでしょうね。苦しんだ末に家族(両親)に話したみたいです」

「はぁ・・・」

「あるとき彼女の親父さんが家に乗り込んできました。食事中でしたが・・・テーブルの皿をかき回して、そのうちの1枚をわたしに向かって投げてきました」

「奥さん・・・いえ、その・・・(彼女も)そこにいたんですか」

「はい、泣き喚いて叫んでいましたが、何を言っていたのか今でも思い出せません。そのまま父親が彼女を連れ帰って、その後は連絡も取っていません」

「携帯は・・・」

「番号を変えたみたいですね」

次に何を話したら良いんだろう。

「それで、猫は・・・」

「そのときもずっと見ていました」

2014年11月9日日曜日

タクシーストーリー第20話~猫がいなくなりました2

「猫がいなくなりました」

「・・・猫・・・ですか」

予期していなかった答えに俺は言葉につまった。

客の雰囲気を見て、

何か話してほしい

タクシー車内では密室の空気に乗せられて(又は運転手の話術に乗せられて)、とんでもないことを話してしまう客もいる。

この人、これ話すの多分初めてやろなみたいな、

「かみさんと喧嘩してさ・・・」

「(さっきまで一緒に乗ってた友人が降りた瞬間に)ほんまはあいつ大嫌いやねん」

「(仕事の重大なミスを)誰もわたしのミスって気づいてないんですよ」

「昨日親に内緒で腰にタトゥー入れちゃいました」

というカミングアウト的な会話は、

「えー!!そんなこと言っちゃっていいんですか!(ウィスパーか)」

と言いたくなるほど最高にエキサイティングやったりする。

しかし、

「猫がいなくなった」

・・・面白くない。

別に俺に話さんでもいいやんみたいな(お前が突っ込んだんやろ)

だからと言って、

「猫がいなくなりました」

「あぁ、そうなんですか」

で終わらせられる話でもない。

厄介やな・・・と思いつつも、

「猫飼ってはったんですか」

当たり前というか、差し障りのないところを突いてみた。

「いえ、猫は飼ってません」

「・・・」

おいおい、どないやねん。

この後どう繋げたら良いねん。

幸いにも相手が繋げてくれた。

「家の庭からいつも覗いてた猫がいたんです。その猫がいなくなったんです」

「(『庭』ということは)一軒家にお住まいなんですか」

郊外とは言え、30前後で一軒家に住んでいるというのはちょっと気を引いた。

と言ってもパラサイト的に親と同居しているだけかもしれない。

「はい、昨年購入しました。50坪の土地に2階建て一人住まいです」
 
豊中に、一人(独身)で家を買って住む・・・

面白くなってきた(結局は他人事やんな)。

「購入されたって、ローンとか組みはったんですか」

「はい、中古ですけど、4000万の35年ローンです」

考えられない。

まあ、それなりに収入良いのかもしれへんけど、銀行もよく貸すよな。

「何でまた・・・(そんな思い切ったことを)」

「約束してた人がいたんです」

「約束って・・・?」

「婚約してました」

それで家を買ったわけか。

「婚約してた」人が、「昨年」家を買って、今独身一人暮らしということは、

おそらく逃げられたんだろう。

面白い・・・が、当然そこに直球で突っ込むわけにもいかない。

空気読もう。

何でこの人は俺にここまで話してくれたんだろう

そうや、猫や。

猫ってなんなんやろ。

「ところで、猫がいなくなったって、どういうことなんですか?」

 「ずっと見てたんです。彼女(婚約者)が出ていってから、庭からずっとわたしのことを見ていたんです」

 「はぁ・・・その猫が」

「いなくなったんです」

2014年10月20日月曜日

タクシーストーリー第19話~猫がいなくなりました

タクシー車内の会話というのは、

奇妙なものも多い

家族や友人とは話せないようなことを、

タクシードライバー・・・他人なのに、なぜか密室で2人きりになる

風俗でもなければ、こういうシチュエーションってあまりない(たとえが下品やな)

ある日の乗務やった。

夕方18時ころの乗車。

この時間帯の乗車は意外と少ない

飲みの「帰り」のタクシー利用は多くても、「行き」は電車か歩きで行くものである。

乗ってきたのは、30前後の男性やった。

「30前後の男性」の乗車も意外と少ない

20代って働きはじめで、給料もらうと気が大きくなって、

ちょっとタクシーなんて乗ってみようかなぁ・・・

みたいな気持ちになるものだが、

だんだんと社会生活にも慣れてきて、

家族も出来たりすると、

金銭の価値が次第と現実的なものになって、

タクシーというサービスの価値が分からなくなってくる。

タクシーなんて絶対乗らへん

というのは、30代から40代くらいやろか。

50代くらいになると、子どもも働き始めたり、ローンも払い終わったりして余裕が出てきて、

面倒やったり、かっこつけたかったりしてタクシーに乗り始める

一度乗り始めたら癖になるもので、

まあほんまに便利なもんやからね

まあとにかく30前後ですよ。

「こんばんは」

「こんばんは」

「どちら行かれます?」

谷町を北に向かって走っていた。

「豊中・・・の方なんですけど」

豊中か、悪くない。

比較的客の質も良い地域である(「質」の悪い地域ってどこや?)。

「分かりました。新御堂で上がりましょか?」

「あぁ・・・任せますよ」

「任せる」という客は意外とくせ者である。

こういう客はちょっとでも遠回りすると、めっちゃ突っ込んでくる。

自分で細かくルート指示したら突っ込みようがないから、

運転手をいじりたいから「任せる」という客もいる

要注意やで!

「新御堂上がって、江坂ら辺で降りて、176出たらよろしいですか?」

後で突っ込まれないように、細かくルート確認する。

「あぁ・・・任せますよ」

どうやら、ルートはどうでも良さそうである。

何か話したそうな空気である

客から切り出さなければ、黙っているのが基本だが、

近場の場合は黙っていたら空気が張り詰めることもあるので、こっち(運転手)から切り出すこともある。

この場合は近くもないが、

「話したい」客の空気を掴めるほどには、この仕事に入れるようになってきた。

「お客さん・・・(寂しそうですね)」

「・・・」

ルームミラーに移った客の目がぶつかってきた。

「なんかあったんですか?」

「なんで分かるんですか」

俺はちょっと余裕の笑みを浮かべてみた。

この場合はベテランを装った方が良い。

直感的に演技していた。

「目をみたら分かりますよ。身近な人に何かありましたか」

ちょっとギャンブルしてみた。

間違っていたら、この後の対応がややこしくなるが、

客の気を損なわなければ、

金さえもらえたら良い(言うな)。

ルームミラーの客の目が離れた。

「あの・・・、まあ、良いです」

間違いない。

この人は何か悩みを抱えている

俺は占い師のような心境になってきた。

「奥さんと、何かありましたか?」

これがツボにはまれば、この客俺のもんや(現実的にこんな質問ご法度やで)。

この世界ただ闇雲に走っているだけでは、金にならない。

何人かの「固定客」を持っている人がやっぱり安定して稼いでいる

俺もそろそろ「顧客」 が欲しい。

と思い始めた頃であった。

「いえ・・・結婚はしてません」

えー!独身やったん。

めっちゃ外したやん。

もうダメや・・・

まだ「本物」のタクシードライバーになりきれてへん

沈みかけたそのとき、

「30前後」の乗客は言った。

「猫がいなくなりました」

想定外の展開やった。

「猫・・・ですか」

 

2014年10月13日月曜日

タクシーストーリー第18話~熱く行こうぜ!

タクシーに海苔始めて半年・・・(変換間違えてるから)

いろんなことがあった

普通の仕事してたら、絶対こんな経験出来ひん。

やっぱタクシー乗って良かった

そんな風に感じ始めていた頃

事務所の山下さんと久々に言葉を交わす機会があった。

「どうや。うまくやってるか」

納金のとき、向こうに座ってた山下さんが俺に声をかけてくれた。

いつもは知らん顔してPCに向かっていたのに・・・

「はい・・・なんとなく・・・」

「『なんとなく』なんや?」

「なんとなく、タクシーのことが分かってきました」

山下さんは、PCから目を離して笑い始めた。

「ハハハ、面白いな」

席を立って、納金カウンターに歩み寄ってきた。

「何が・・・面白いんですか?」

何を言われるか、大体分かっていた。

「半年でタクシーが『分かった』か?面白いな」

ものすごい威圧感だった。

「だから、『なんとなく』って・・・(言ったやないですか)」

山下さんは、カウンターに両手をついた。

俺の目をぐっとえぐってきた。

「お前、まだタクシーのこと甘く見てるやろ」

ぐっと重い言葉やった。

そしてもう一度、その「重い一言」をぶつけてきた。

「バカにしてるやろ!」

何も言えなかった。

そんな気は全くなかったつもりだが、

これほど熱くぶつけられたら、何も言えなかった。

「タクシーってのはな、分からん連中には『バカにされる』職業や

今はな

でもな、そんな奴ら見返したるっていう気持ちがなかったら

今の日本ではこの仕事つとまらへんねん

まっすぐにな、

目の前の利用者

そして自分の職業見つめて、

よそからな、何を言われようと、

自分のやってる仕事

心から愛する気持ちがなかったら、

この仕事続かへん

いや、どんな仕事でも同じや・・・

でもこの仕事で違うのは「覚悟の大きさ」かもしれん

お前に、そういう覚悟あんのか

それが聞きたいねん。

お前はまだ若い。

そういう『若い奴ら』が熱い気持ちで、

プライド持って、この仕事しなんだら、

タクシー変わらへんで。

まだお前どっかでタクシーのことバカにしてへんか?

それが聞きたいねん」

ものすごい威圧感やった。

ものすごい熱さやった。

「覚悟」という言葉

その重さを考えていた。

自然と、口から出た言葉があった(プロジェクトXか)。

「俺・・・タクシー好きです」

山下さんは、俺の目から目を離さなかった。

「『好き』だけか?」

それ以上の言葉を発するには時間がかかった。

俺も山下さんの目を見据えた。

「愛してます」

 山下さんは右手を大きく上に挙げた。

「『いいね(LIKE)』やない(フェイスブックか)、『ラブ(LOVE)』やな?」

「はい、・・・LOVEです」

俺は、その右手に自分の右手を強く重ねた。

「世の中変えよう」

「はい!」

「熱く行こうぜ!」

その右手の熱さに俺は人生を捧げようと思った(この2人酒入ってるな・・・)


2014年10月7日火曜日

タクシーストーリー第17話~あの女性かも

ガ、ガ、ガー・・・あのときの・・・神社まで来てもらえますか」

無線機を握って応答しようとしたが、思いとどまった。

携帯電話でオペレーターに電話を入れる。

「あの・・・今配車ありました?」

「え??なんの?」

「いや、あの、無線鳴ったんですけど、ちょっと聞き取りにくかったんで」

「はぁ・・・きっと近くの無線が混線してるんやろ」

アナログ無線では、「混信」というのがしばしば生じる。

周波数や物理的な距離が近かったりすると、他の交信が入り込んでくるのだ。

それに比べて、デジタル無線は基本的に電波変調が暗号化されるために混信は生じない。

※2016年5月までにすべてのタクシー無線のデジタル化が義務付けられている。

それからは瓦町周辺を通過する度に、女性の声が「混信」してきた。

「ガ・ガ・ガー・・・こんばんは・・・今日は来てもらえますよね」

 俺は無視して走った。

というより、応答のしようがない。

無線を使って応答すれば、当然オペレーターに通じることになる。

それならそのエリアを避けて走れば良いのだが、

俺は敢えて松屋町筋を走った

仕事的になんとなくリズムが掴めたことと、

やはりどこかでその女性の声が気になっていた

あの女性かもしれない・・・

梅雨の始まったころだった。

乗ってきた女性は行く先も言わずに写真を差し出した。

「この神社へ行ってもらえますか」

新人だった俺は、どうして良いかも分からずに、とにかく車を走らせた。

「わたしの子どもがあの神社にいるんです」

少し話を聞くと、女性の子どもさんは病気で亡くなったらしい。

それなら神社でなく、寺院(墓地)なら分かるのだが・・・

女性の見た目は20代前半

とにかく話を聞いてほしい

という空気が背中に重くのしかかっていた。

「あの・・・若い頃にお子さん産んだんやね」

どこまでの会話が失礼になるのか不安もあったが、

何より行き先を言わずにタクシーに乗ってくること自体が「失礼」やないか。

という開き直りもあった。

「いえ、子どもは産んでません」

「え??どういうこと?」

「神社で子どもが待ってるんです」

俺はルームミラーを見た。

しっかりとした目で前を見据えている姿は妙に美しかった

しかし美しかろうと何だろうとこれ以上異常者の相手をしている暇はない。

一応俺は「仕事」をしているのだ。

俺は車を左に寄せて停めた。

「一応ここ有名な神社(生国魂神社)だから、ここでお子さん探してみたらどう?」

後部座席で女性は外を見つめていた。

こんな女性と、出来るならもう少し空間を共有したかった

もし女性が「正常」であれば・・・

仕事である限り、金をもらえなければ時間とか空間とかロマンチックな話をしている場合ではない。

「660円になります」

大きな500円玉の行灯を乗せたタクシーが隣を通過した。

大阪が「安売り戦争」に突入していく頃だった。

女性は財布から千円札を出した。

その瞬間(もう大丈夫と)俺はドアを開けた。

「これでコーヒーでも飲んでや」

釣りを要求せずに、女性は車を降りた。

その行動と、その口から発せられた言葉があまりにもイメージとかけ離れていたので、

俺はしばしその場所から動けなかった。

開いたドアから湿った風が入ってきた。