2012年9月27日木曜日

9月25日(火) 31点 26日(水)20点〜どんなときも自分のけつは自分でふいてきた

昨日の午後、ある私鉄の駅から

杖をついたご老人が乗車

「いやぁ!電車2回も乗り間違えてしまったわ。もう(電車乗っても)待ち合わせに間に合わんからO駅まで大急ぎで行ってくれるか?」

「わかりました」

先日引っかかってるので(何に?)、昼間から飛ばす気など全くないのだが、とりあえず了解しておく。

「いやぁ…田舎もんちゅうか、年取ったらあかんわ。もう81やからな」

「えぇ!80ですか!全然見えませんね」

聞いてもないのに年齢を言われたら、とりあえず大げさなリアクションを取るのは基本である。

リアクションが良かったのか、おじいさん、このあと延々と続く身の上話を始めた。

「そうやで。もう80や。あんたら知らんやろな。第二次大戦のときはな、戦闘機の飛行訓練させられたもんや」

「戦闘機ですか!…(戦争のときは)おいくつくらいだったんですか?」

「終戦が14や」

「えぇー!うっそやーん!」という言葉はとりあえず飲み込む。

いくら終戦前の日本が切羽詰ってても、14歳の子どもに戦闘機乗せて訓練するわけないやん。

「そんで何とか戦地までは行かずに済んだんや。8月に戦争が終わって、地元の福井に帰ってな、次の年の6月28日、あの福井大震災があったんや」

調べると、「福井大震災」は「1948年」の6月28日。終戦の3年後である。

「戦後に福井で地震があったんですか…知りませんでした」

「あんた福井の震災を知らんのか!去年東北であった地震なんかよりでかかったんやで」

「えぇ!あの東北の地震よりもですか…」

「原発は大丈夫だったんですか?」というセリフも飲み込んだ。

調べると、福井大震災のマグニチュードは7.1(東北は9.0)、死者は3769人。

しかし、関西電力の原子力発電所は福井県に集中しているが、60年余り経っているわけだから、周期的に考えたらそろそろ危険なのかもしれない。

「実家は農家やったんやけどな、震災で家も何もかもなくなって、どっちみち次男やったからな、大阪のおじきのところ頼ってこっちに出てきたんや」

「その頃の大阪はどうでしたか?」

「いやぁ、活気があった。福井の田舎から出てきたら全く別世界やったなぁ」

おじいさんは昔を思い出すように話続けた。

「おじきが豊中で本の卸の事業やっとってな。夜間の学校行きながら、おじきの手伝いしとった…O駅までなんぼほどかかる?」

「…4千円は超えるかと」

「そんなにかかるんか!障害者手帳あるから割引してな…そんでおじきは子どもがおらんかったから結局その跡取りにな、わしがなったんや」

「でも、その頃大阪で事業されてたんなら、そこそこ儲かったでしょう」

「せやな、羽振りのいい時期もあったけど、心やすうしとった絵本の会社に義理尽くしてな、手形の保証してしまったんや」

「…保証ですか」

「そのうちその会社が不渡り出して、俺も真っ裸になったわ」

「おいくつのときですか?」

「ちょうど後厄、43や」

「そこから立ち直られたわけですか」

「さすがにわしも首吊りかけたけどな、やがて世間はバブルの時代に入っていくわけや」

終戦(1945)が14なら、後厄の43は1974年か…バブルまで少し時間差あるような。

「豊中のおじきの家をわしが相続しとったんやけど、ある日指のないやつらが二人家に来てな、立ち退きを迫って来よったんや」

「…地上げってやつですね」

「せや。わしも事業畳んで丸裸になっとるからな、家だけは守ろう思って徹底的にやつらとやりあったわ」

ちょっと待ってくれよ。

保証でどういう整理の仕方したのか知らんけど、家があって「丸裸」とは言わんやろ、普通。

「そんでそいつら…親指はあったけどな、両手であと二本づつしかあらへんねん。二人ともな」

「うっそやーん!」いくらなんでも、そんなに指つめへんやろ。指2本づつって、バルタン星人じゃあるまいし、しかも二人揃って。

「最後には上のやつも来て、おじきのところが100坪あったからな。坪81万で話つけたんや」

「8100万ですか!そんな金額で売れたんですか」

どうでもいいけど、このヤクザよほどヘボやな。豊中辺りで坪80万て、地上げになってないやん。

ちなみに現在の豊中で60〜70が相場やろか。

その後も老人の話は延々と続いたが、やがて目的地が近づいてきた。

「とにかくうまくいったときも、いかんかったときもあるけどな、失敗したときも、いつも必ず自分のけつは自分でふいてきたわ…運転手さん。O駅にな、連れがおるからそいつらんとこ行ってくれるか。ガード下におるらしいわ」

「わかりました」

O駅に着くと、おじいさんの言うとおり、ガード下に男性が3人立っている。

「おぉ、おったおった。あそこに停めてくれるか」

「わかりました」

「おーい!待たせて悪いな。電車乗り間違えてしまってな。タクシー代(4,710円)、こんなに持ってないから、払ってもらえへんか」

9月25日(火) 日照7.4 雨0 気温26.5-15.6
営収 31,530(15,380) 17(9)回 12.50(7.50)時間
MAX 4,710-4,390


前日(24日)のみんなの売上表をチェックすると、

ひどい売上が並んでいたので、

この日は苦しむだろうなぁ・・・

と覚悟していたら、

思いのほか、うまくいって

時間も、最近にしてはしっかり入れて、

遠方なしの30点

気持ちの良い乗務だったが、

寝不足で、帰庫後に車庫で爆睡してしまった。

9月26日(水) 日照11.3 雨0 気温26.4-14.2
営収 20,870(6,430) 9(5)回 10.75(5.25)時間
MAX 2,310-8,950


前日(25日)うまくいったのと、

天気も良く、A駅番(1年の記念日)ということで、

今日は稼ぐぞ

と期待して臨んだ水曜日だったが、

記憶に残るほどの玉砕・・・

最終のミドルがなければ15点ペースやった。 

何年乗ってもタクシーはわからんわ。

ちなみに、この日東京マラソンの落選メールもゲット・・・(ゲットとか言うな)
  

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