2012年8月24日金曜日

タクシー怪談シリーズ〜ちょっとだけ涼しくなる話

キュー!!

吉田は緩やかなカーブを、急ハンドルでタイヤに悲鳴をあげさせながら、深夜の田舎道を走っていた。

高校を中退して、友人たちと遊びまわった頃を思い出しながら、タバコを口にくわえ、火をつけた。

バイトで金を貯めて、18の誕生日を待って免許を取ってからは、友人たちとの待ち合わせ場所はゲームセンターから峠の駐車場に変わった。

誰が一番早いかを競っていたのではない

それぞれがそれぞれのフィールドから、言わばドロップアウトしてきた連中の集まりだったが、

しかし、その集まってきたバケツの中で誇らしげに、シャンと胸を張っていた(ナンバーワンにならなくてもいい)。

建築現場などでの日雇い作業で得た収入のほとんどを、愛車シルビアの改造費に充てていた。

そして21の誕生日を目前に控えた夏のある日、いつもの山で友人と凌ぎを削り、街灯もない駐車場に車を停めた。

「あー、車乗りてぇ。俺、車乗る仕事がしてえよ」


吉田が言うと、年齢が2つ上のトラック運転手高田が言った。

「お前もトラック乗れば?21になったら大型(免許)取れるやろ」

注:大型免許の取得条件は21歳以上で、運転経験3年以上でなければならない。

「大型かぁ…」

ふとそのとき、たった今吉田たちが走っていた坂道をものすごいスピードで降りてきた車があった。

うまい…誰や!?

車の上には緑色のランプ(行灯)が乗っていた。

タ、タクシー…

次の日、吉田はタクシー会社の面接を受けていた。

「18歳になってすぐに普通免許を取ってるね。それならもうすぐ2種(免許)受けられるよ。取得養成費用は会社で出すから、がんばってな」

注:2種免許の取得要件は大型免許と同じ(21歳以上、運転経験3年以上)

笑顔の裏に暗い影のある営業所長は、そう言うと資料と教習テキストの入った分厚い封筒を吉田に渡した。

そして次の年の夏・・・

吉田は、地元の田舎町のタクシーに乗り始めて、約1年が過ぎていた。

タクシーの仕事は吉田が思っていた通り、いや思っていた以上に楽しかった。

しかし地方のタクシーでは、大体通るルートというのはパターンが決まってくる。

その日も、吉田はいつもの県道を通って客を送っていた

駅から5キロほど離れたところで山裾を登っていくと、県道は大きくカーブしている。

ちょうど深夜メーターが2千円に達しようかというところである。

その山の途中のカーブの脇に一軒の家がポツンと建っていた

2階建ての、それほど大きくもない、ごく普通の一軒家である。

その家は、県道からは一段下がったところに建っているため、走っていると2階の部分が道路に近く、そして道路より少し高い位置に目に付くような感じであった。

そして、その日その2階のある部屋に、明るく電気が点いていた

普段は何気なく通り過ぎるそのカーブで、何故かその日はその部屋からもれるオレンジ色の光が目に付いた。

「そうですよねぇ・・・オリンピックも終わりましたねぇ。わたしは内村の跳馬の前のポーズの意味が・・・」

吉田は他愛もない会話を続けながらも、その部屋に気を取られながらカーブを曲がった。

そのカーブから少し走ったところにある部落で客を降ろし、吉田は駅に帰るためにまたそのカーブに戻ってきた。

やはり電気が点いている

時間は23時を少し過ぎたあたり、その部屋に住んでいる人間が起きていても不自然ではない時間である。

「なんで今日に限って気になるんやろ・・・」

そして、次の日の乗務でもまたその道を通ることになった。

時間は23時少し前

やはり電気が点いている

「運転手さん、運転手さん!」

後部から客が呼びかけてきた。

「ちょっと横向いて運転してもらったら困るよ!」

「あ、・・・はい、すみません。あそこの家が気になったもんですから」

「家?どこの?」

「さっきのカーブのところに家がありましたよね」

「はぁ?あんなところに家があったかい?」


客は後の背もたれに乗り出して、後部を確認している。

「最近引っ越して来られたんですかね?」

そんな新しい家にも見えないが・・・

そして、その日も帰り道でその家を確認した。

そこに家はある

そして、やはりその部屋にオレンジ色の電気がついていた。

よく考えたら、

そんな時間なのにカーテンも閉めていないから目につくのだろう

吉田は、その部屋の不自然な点を見つけたことに少し安心して、自分を落ち着けた。

そして、

その後も乗務の度に、何故か夜中にそのルートを通ることになった

そこは駅から5、6キロも離れた場所で、通常ならそう頻繁に利用者が向かうところでもない。

しかし何故か決まって23時頃になると、その方面へ向かう客が吉田のタクシーに乗ってくるのである。

そしていつも、そのカーテンのない部屋には電気が点いていた。

8月も終わりのある夜であった

その日も、また23時過ぎにその方面の仕事があった。

髪の長い、若い女性だった

行く先を告げられると、吉田の背筋にゾクっと冷たいものが走った。

またか・・・

吉田は車を走らせて、その大きなカーブに向かった。

上り坂に入るところから、その日もあの部屋の明かりが見え始めた。

しかし何か違う・・・黒い影が・・・

坂道を登って行って、そのカーブに差しかかると、

そのオレンジ色の光の中から女性がこちらを覗いている

その部屋の窓際にいた、長い黒髪の女は明らかにこちらを見つめて、

そしてかすかに笑っている

キュー!!

続く(?)



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