2014年9月15日月曜日

タクシーストーリー第16話~「お久しぶり」

仕事にも慣れてきた8月の終わりのある日の乗務のことだった。

タクシー無線は、その流しているエリアから電話があれば、GPSで近い車両に配車されるシステムになっている。

しかし都市のタクシーにとっては、無線はちょっとした宝くじのようなもので、そうそう当たるものではない。

路上で手をあげてくれる近場の客をコツコツ積んでいくことが、営収を作る最もソリッドなメソッド(ややこしいから日本語で書いてくれ)であることが分かってきた頃だった

※客を「積む」というのは一般的なタクシー用語だが、客を荷物のように表現するこの用語は外部(客との会話など)では御法度である

「無線なんてどこに流れてるんですかね・・・前回1本もありませんでしたよ」

出庫前の車庫で、先輩乗務員と話を合わせるために愚痴をこぼしてみた。

ネガティブな響きには、食いつきが良いのがこの業界の車庫談義である。

「あんなもんは、一部のやつらにしっかり握られてるからな。無線欲しかったら事務所に菓子折りでも持っていかなあかんで」

近くにいた「あんたも聞いてたんか」エリアから髪の薄い乗務員が嬉しそうに応えてくれた。

しかし俺の話していた、髪を7・3に分けた「ちょいワルサラリーマン」風の高橋さんは、その乗務員の髪を指差して、

「こいつな、1年前まで髪の毛ふさふさやってんで。それが去年の夏のPLの花火の次の日からいきなり涼しい髪型になってな。こんな奴多いねんで。どっかで『もうええわ』って・・・髪んぐアウトする奴」

「お前人の顔みりゃPLPLって・・・花火となんの関係があんねん」

髪の薄い乗務員は機嫌悪そうに去って行った。

高橋さんは、数年前に「ロード」とかいう歌でブレイクした難しい名前のグループ(虎舞竜)のボーカルの人に似ていた。

俺は邦楽はあまり聞かなかったので、そのボーカルの人がタクシー運転手になっているのかも、と本気で疑っていたほどである。

確か、あの人も名前が高橋・・・(よくある名前ですから)

「無線はな、やっぱりポイントがあんねん。時間と場所、両方がマッチしないとなかなか当たらん。新人には難しいよな。GPSでエリアがどんな形で分けられてるか、なんてことまで頭に入れとかんとあかんからな」

「そこまでして無線もらってメリットってあるんですか?」

「もちろん仕事によるよな。確かに無線は遠方飛ぶ仕事もあるけど、待たされてワンメーターってこともあるからな。えぐい奴らは、どこにどんな仕事があるかまで頭に入れてるよ」

なんとなく分かる。

高橋さんは続けた。

「でも結局そういう情報って、こういった車庫談義でずるずる垂れ流しになっていくからな。気づけば、その時間そのエリアに車がたまって取り合いになる」

「ということは、その周りにスペース(チャンス)が出来たりしませんか」

「スペースか・・・サッカーちゃうけど、その通りや。夕方は堺筋に車がたまる。瓦(町)近辺が面白い」

「ありがとうございます」

若い乗務員を「潰そう」という先輩もいれば、「育てよう」としてくれている先輩もいる。

その辺の「見極め」はこの世界で生きていく上で重要な要素である

その日の乗務で俺は早速夕方松屋町筋を流してみた。

無線が少ないということは、車も少ない。

無線を狙うより、「近場の客をコツコツ積む」回数勝負のセオリーである

この作戦が、夕方から面白いようにはまった。

松屋町を降りて、谷町で上がる。

17、18時代の苦しい時間帯に距離は短いがポンポンとつないでいけた。

そして乗車が落ち着きかけて、辺りも暗くなった20時過ぎ、

鳴らないはずの無線が、

ガ、ガ、ガー

ちょっと感度が悪いが、俺やろか。

スケルチを調整してみる。

「ガ、ガ、ガー・・・こ、こんばんわ・・・お久しぶり・・・」

な、なんやこれ。

女性の声だが、明らかにオペレーターの女性ではない。

そもそも無線指示で挨拶するわけない。

「あのときの・・・神社まで来てもらえますか・・・ガ、ガ、ガー」

14 件のコメント:

  1. タクドラ552の、きっしゃん2014年9月16日 16:58

    いつも楽しく読ませてもらってます。いや、ほんまにほんま? 神社の話し。
    でも事実は小説より奇妙なり。
    それなりにこの仕事してたら、いろいろありますよね。
    ぼくも、一冊の本書けるくらいいろいろややこしく怖いのんも経験しました。経験したくないけど(笑)
     今後も楽しみにしていますよ。お互いがんばりましょうね!

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    1. きっしゃんさん

      ありがとうございます!(返事遅いねん)
      一応フィクションですけど・・・いろいろありますよね。不思議なことが。

      きっしゃんさんも、どんどん発信してくださいよ(お前もいい加減更新しろ)。

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  2. 「自分、タクシーに乗ろうと思うんですが」って相談されたら僕は全力でとめる。この仕事、若いうちからやるモンじゃない。人生色々こじらせてちょっとくたびれた40過ぎにこそふさわしい仕事だと思うから。人生の楽しい事や辛い事経験してない、本気で笑ったり苦しんだり悩んだりしてない真っ白い画用紙がタクシーなんて運転したら速攻色褪せるよ、無地のままね。そんなん見るに偲びないでしょ・・・

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    1. そうですか・・・じゃあ若いうちは大企業の歯車として存在価値を感じることの出来ない日々を過ごすべきですか。それともフリーターとして、「時間いくら」の日々を過ごすべきですか。

      わたしは若い時分にタクシーの運転席でわくわくした経験があるからこそ「くたびれた40過ぎ」にはなっていないつもりです。

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  3. 名古屋です!年齢は関係ないんじゃないかな?20だいや30だいでやったほうが夢があるよ\(^_^)/ここで勉強して、起業する人が増えるような色々な働きかたができるように。もっとタクシーの良いところを若い人にしってほしいな!

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    1. ありがとうございます!

      >20だいや30だいでやったほうが夢があるよ\(^_^)/

      そうですやんねぇ、当たり前ですよ。

      >起業する人が増えるような色々な働きかたができるように。もっとタクシーの良いところを若い人にしってほしいな!

      強くアグリーです(ちょっと言語古いな)。

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  4. >「~無線欲しかったら事務所に菓子折り~」

    それも一理有るかと思います。
    自分で車の動きを工夫していかないといけないです。
    「足切り」を常に意識しなければいけません。
    http://www.taxisite.com/dic/view/145.aspx

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    1. >「~無線欲しかったら事務所に菓子折り~」

      そんなことありませんよ!
      趣旨は(都市部は)自力で勝負出来るということです。

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  5. この仕事のやりがいはお客様の喜ぶ顔や ありがとう という言葉が、一番のやりがいです! お礼の手紙をいただいたこともあるんです。その方は旦那様のご両親を介護していて、毎日の介護に疲れていた時だったようで、車中での何気ない会話に癒されたと手紙に書かれていて、本当にうれしかった。目的地までのわずかな時間でも、お客様と信頼関係が築けるんだな、と感じました。

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    1. ありがとうございます!

      >お礼の手紙をいただいたこともあるんです。

      すごいことですよ。
      お客さんに感謝されることは数知れずありますが、手紙までもらえるというのは、何かを「持ってる」ということでしょう。
      大切にしてください。

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  6. 初めまして。墨入りと申します。以前からちょくちょく拝読しておりました。
    上から2番目の匿名さんがコピペした文章、僕がWebに書いた文章ですね、いつもは本文だけの閲覧でコメント欄まで読んでいませんでしたので気付くのが遅れました。
    2番目さんがどういう意図で僕が打った文章をコピペしたのか、僕には分からないんですが、文章全体の一部分を抜きだしてコピペすると、結構書き手の意図しない読まれ方されてしまうのかなあと思いコメントさせて頂きました。
    当方、当blogをdisる意図は一切ない事をお伝えしておきます。当方blogのURLは敢えて貼りませんが、これからもちょくちょくお邪魔させて頂きます。楽しい文章、楽しみにしております。

    墨入りより

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    1. 墨入りさん

      ありがとうございます!
      検索したらすぐに分かるやないですか(笑)!

      http://travis-trojan.hatenablog.com/

      URLにトラヴィスを入れるとは恐れ多いですね・・・
      リンクさせてもらいますね。

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  7. リンクありがとうございました。

    ちょっと僕も言葉足らずでしたね、補足じゃないですけど。
    周りに幾ら止められようが、始める奴は何かを始めますよね、で、そういう奴は伸びる。このストーリーの主人公はそういう奴ですよね。そう思って読んでました。それは僕もよく分かってるつもりです。
    最後は向き不向きなのかなあと思いますが、その一言で終わらせちゃうと文章にならないので(笑)、ああいう書き方になったのかなあ、と。

    墨入りより

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    1. >周りに幾ら止められようが、始める奴は何かを始めますよね、で、そういう奴は伸びる

      良い言葉ですねlike! lol
      ありがとうございます。

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