2014年9月7日日曜日

タクシーストーリー第15話~実力勝負

どんな仕事でも、経験を増すごとにその習熟度が高まり、自分の仕事に自信が持てるまでになるには数年かかるものである。

その点では、タクシードライバーも変わりはない

しかし多くの仕事では、その習熟度や仕事に対する自信よりも、

その経験年数が収入基準に最も影響する要素であることが多い

そして人間というのは、絶対的な基準よりも、相対的な基準にこだわりを持つものである。

高い水準の収入が約束されている若者が「3年」ほどで辞めていくのは、多くの場合数年単位で段階的に与えられるインセンティブを実感できないことと、

何より、大きな顔をして上から目線で接してくる先輩を収入で「超える」ことは難しく、

例え出来たとしても途方もなく長い年月がかかるということに気づくのがきっと「3年」ほど経った頃なのだろう。

実力勝負なら負けない

そう思っている若者は多いだろうし、

俺もその一人だった

「あんた歳(とし)いくつ?」

よく聞かれる質問にうんざりしてはいたが、 交わしようのない質問でもある。

「28です」

「28!!20代か・・・まあ、またなんでタクシーなんか乗ろう思ったん?」

車庫で隣に車を停めている50代後半の運転手は、俺の運転席の窓に手をかけてタバコを吹かしながらニヤニヤしていた。

出庫前の時間つぶし(新人つぶし?)である。

「いや・・・運転好きですし、自分のペースで仕事が出来ると思ったんで」

これもよく聞かれる質問に、判で押したような、いつも用意しているものを「どっこらしょ」と引き出しから出すように答えた。

「自分のペースねぇ・・・」

長年「自分のペース」でしか仕事をしたことがない年配の運転手は、その言葉をうまく消化出来ず、思っていたようなネガティブな突っ込みが出来ないようだった。

「でもなぁ、こんなん(タクシー)若いもんがする仕事ちゃうで」

俺の返事を消化しないままに、先輩運転手は「自分のペース」で会話を続けた。

「どうしてですか?」

「俺ももう30年も乗ってるからな、いろんな奴見てきてる。まともな人生送りたかったら、こんな世界入ってきたらあかん」

おそらく「30年」というのは、おっさん特有の大げさな表現で、実際はそれほどでもないのだろう。

俺は胸につけていた「村田」という名札を、このとき始めて確認して言った。

「村田さんも、『若い頃』から乗られてたんですよね?」

「そうや。そんでもワシらの若い頃は、今みたいとちゃう。バブルの絶頂期でな、街は客で溢れとったで・・・」

俺はこれまでも嫌というほど聞かされている「昔話」が始まったことに気づき、

これは放っておいたら(営業時間を気にせず)どこまでも続くことも、この頃には分かっていた。

 「あの・・・そろそろ出庫したいんで」

営業所には、各運転手の営業収入のグラフが貼られている。

初乗務から4ヶ月目のグラフで、俺は村田さんの営収を超えた

それからは車庫で隣に車をつけても、村田さんはほとんど話しかけてこなくなった。

2 件のコメント:

  1. 同意します。
    私は福井県のタクシー会社に居ますが、必ずガメツイおっさんが
    「こんな仕事、若い者がやる仕事と違う。早く他の仕事を探せ。」
    と言って来ますね。
    私はこう言って追い返しています。
    「簡単に転職していたら、履歴書が汚れます。 それに私は別に他の乗務員よりも多く稼ごうとなんて思っていません。 タクシー乗務員の平均収入を稼げれば、それで良いんですよ。 タクシー乗務員は、社会保険付きの自営業みたいな仕事で楽しいです。」と・・・。

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    1. ありがとうございます。

      >私は別に他の乗務員よりも多く稼ごうとなんて思っていません

      自分のペースで仕事が出来るのが良いところですよね。
      普通の仕事なら「わたしはゆっくり仕事がしたいんです。放っといてください!」なんて言ったらお払い箱でしょうから(笑)。

      それでもやるからには、男なら(もちろん女性でも・・・)勝負したい。そんな意欲を掻き立てられる仕事でもあると思いますよ。

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