2026年1月24日土曜日

タクシーストーリー⑲ 卒検(学科)

学科試験は95問の〇✖方式で、

形式は1種とほぼ同じである

文章題90問と、イラスト問題5問(配点2点)

100点満点

1種と違うのは合格ラインで、

2種は90点以上取らないといけない

実技は認定の自動車学校を卒業すればクリア出来るが、

学科試験は卒業後に免許試験場で受けなければならない

自動車学校の卒検はいわば模試であり、

本番よりやや難しめに作られている

問題もバスなどが絡んでややこしいものも多く

例えば、

乗合バスやタクシーの運転者は、交通事故などのため運行を中断したときは、代車により運行を継続するか、旅客を出発地まで送り返さなければならない。

この問題、

まず交通事故「など」って何?

とか、

交通事故したのに代車で運行出来るわけないやん

出発地まで送り返す?

そんな余裕あったら、目的地に送ったら良いやん

などという現実的な疑問

そんなことをいろいろ考えて、

常識的に判断すれば、

答えは✖やろ

と思うのだが、

実際の答えは〇なのである

または、

客待ちのタクシーは継続的に車を停止しても、運転者が運転席にいれば駐車にならない。

これ✖で、

客待ちは駐車になるということだが、

現役のドライバー、特にベテランドライバーにこの問題を問えば、

90%は〇と答えるやろう(笑)

街中駐車のタクシーだらけやんみたいな

※実際は駐車禁止エリアなどで、「客待ちタクシーを除く(タクシーは駐車可)」というところもある

要するに、過去問や模試などで、

ある程度の問題傾向を覚えてしまわないと90点以上は難しい

そんなことを1週間やってくるわけである

学科の卒検は、最終日の10時に始まり、

50分、

〇✖なので、あっという間に採点が終わった

満点やった

梶川は99点やったらしい

杉本さんと、吉川さんは1回目で基準点を取れなかったらしく、

11時から2回目の試験を受けていた

部屋に戻って、荷物をまとめていると梶川が入ってきた

「さすがやな。満点なんて年に何人もおらへん言うとったで」

「もう20年以上前ですが、1種の学科も満点でした」

「はぁー!ほんまかいな」

「やるとなったら、とことんやらないと気が済まないんで」

「ええこっちゃ」

梶川は子どもをほめるような笑顔を浮かべて、ドスンとベッドに仰向けに横たわった

「タクシーか…なんかおっさんらの仕事やと思って馬鹿にしとったけど、自分が乗ることになるとはなぁ」

これは今日本中でタクシーのハンドルを握ってる多くのドライバーが、タクシーに乗り始める頃に感じたことであろう

追試を受けた2名も2回目で合格したらしい

2回目で合格出来ないと、午後から学科の追講義を受けて翌日再受験になる

無事6人全員月曜に(入校から8日間で)帰れることになった

昼過ぎから、簡単な退校式があって、

各人帰路についた

同じ神戸の真鍋さんは車で来ているため、一緒に乗っていかないかと軽く社交辞令で言われたが、

そこまで親しい関係ではなかったし、

会社で帰りの高速バスのチケットも用意してくれてたので、丁重にお断りした

大阪組とはバスが違うため、先に来たバスに一人で乗り込んだ

「また情報送ってな」

梶川が手を振っていた

昨日の食堂交流会でみんなとラインの交換はしていた

バスに乗り込んで、コンビニで買ったバンとコーヒーを食べながら、

鳴門海峡を渡る橋から海をながめていた

濃いめのコーヒーが妙においしく感じた


1月23日(金) 78,740 45回

こんな売上は、以前は年に何回出来るかという感じやったが、

昨年11月の値上げ後は簡単に出来るようになった

1時過ぎ、西宮でGOアプリが鳴って、

飲食店から3名のサラリーマンが乗り込んで来た

「運転手さん、まず吹田行って、その後なんばの方行ってほしいねんけど」

「吹田から、なんば…ですか?」

「もう1台呼んだ方が早いかな」

「…そう思いますけど」

「ごめん、そんならそうしますわ。こいつ一人乗せて吹田までお願いします!」

「分かりました」

こんなやる気ない感じで8万近く出来るからな





2026年1月22日木曜日

タクシーストーリー⑱ 最後の夜

月曜に入校して、1週間

日曜の夕方

早めに実技の卒検を終えて、寮の食堂でテキストを広げていた

食堂と言っても、定食が出てくるわけではなく

ガスコンロや流し台、共同冷蔵庫などの一般的なキッチンがあり、

長机が3つと、パイプ椅子が雑然と並べられている

ちょっと古めの、32インチよりは少し大きいように感じるテレビでは、

大相撲秋場所の千秋楽が流れていた

横綱大の里と豊昇竜の白熱した優勝争いを、

見ている人はいない

少し離れた椅子で大阪組の岸谷さんがスマホで動画を観ていた

食堂にいたのは2名だけ

そこに梶川が金麦のビールケースを抱えて入ってきた

「いよいよ合宿も明日で終わりや。終わったらみんな家に帰るんやろから、前夜祭しよか」

後から、もう一人の大阪組の…名前が出てこないが、大阪なまりの強い年配の男が入ってきた

頭は禿げかかり、この1週間の合宿でも少し太ったと思えるような腹をしていた

もう明日からでも立派なタクシードライバーになれそうな、

ダサい匂いをプンプン出している

逃げ出そうかと思ったが、

その後ろから、もう2名、

地元徳島の吉川さんと、

同じ神戸から来てるのに、ほとんど話したこともない、真鍋さんやったかな

が入ってきた

今回一緒に合宿をしている6名が揃ったわけである

梶川が声をかけて集めたのか、

逃げるわけにもいかない空気になっていた

梶川と一緒に買い出しに行っていたらしい、(名前を)思い出したが杉本という男、

2人はテンション上がっていたようだが、

後の4名は、どうしたら良いか、

まわりをキョロキョロと様子を見ていた

「まあ、とりあえず乾杯しような」

梶川がひとりひとりの机の前にビールを置く

「このビール代は…?」

自分が聞くと、

「いやいや!気にせんでええわ。後で割り勘するから」

出してくれるわけではないのか

大体誰がこんな会に賛同した?

割り勘ということは、金払わなあかんのか…

と思いつつも、1週間とは言え、

同じ屋根の下、同じ方向を向いて生活してきたわけで、

お互い、実技卒検の感想やら、学科の過去問の話やらをして、

なんとなく盛り上がっていた

「明日の卒検が終わったら、またそれぞれ会社に戻って研修かー。つまらんなぁ」

梶川が言うと、

「研修?これだけやって、まだ会社に戻って研修があるんですか?」

吉川さんが聞く

「せやで。また研修10日間や。ここより長いで」

「はぁー…」

吉川さんの力の抜けたリアクションに全員が爆笑した

夜が更けていって、みんな部屋に戻っていった

ぎこちない関係やったが、

これからタクシードライバーになるという共通項を持った

同志たち

少し良い時間やった

空き缶やごみを段ボールにまとめて、食堂を出ていこうとしていた梶川の背中に向かって、思わず声が出た

「梶川さん、今日はありがとうございます」

嫌いだと思っていた相手に、自然とお礼を言っていた


1月21日(水) 65,090  43回



2026年1月20日火曜日

タクシーストーリー⑰ 卒検(実技)

 月曜入校で、その週の日曜日に実技の卒検があった

決められたコースをまわり、減点数が基準を超えなければ合格である

1種の試験でも通るS字やクランク、車庫入れ縦列など、

当然1種よりも厳しい基準で見られる

さらに2種のみの課題として、鋭角コースがある

これは基本切り返し1回でクリアしなくてはいけない

2回切り返せば減点、脱輪や、切り返しを3回したら失格と言われている

しかし実技については、教習を真面目に受けて入ればクリア出来るレベルであり、

正直ここで1度でも落とされるようなら(1度落とされても2度目3度目のチャンスはある)

ドライバーになる資格はない

1発勝負と思って、

減点ゼロのつもりで緊張感を持って臨んだ

実際合格すれば減点数は教えてくれないが、

教官が用紙にチェックする仕草をチラチラ見ていると、

減点されたようには思わなかった

縦列でやや入りが浅かった気もしたが、何もチェックは入れてなかったようである

実技の卒検は比較的何事もなく終わった

卒検が13時から、2名同乗で行って14時頃には終わった

せっかく徳島まで来て、遊びにも行ける時間だが、

翌日は学科の卒検

部屋に戻って昼寝して、

翌日の学科に備えて、勉強を始めた


1月19日(月) 65,910 40回

1月にしては暖かい1日

日中神戸で15度近くまで上がった

月曜日にしては健闘やろな

短い乗車が多いが、

昨年末の値上げのおかげで、地上戦でもなんとか売上作れる



2026年1月17日土曜日

タクシーストーリー⑯ 鋭角コースは何のため?

合宿の教習はタイトである

1日5,6時限ではあるが、学科の小テストは予習復習なしでは及第点が取れない

実技は日々厳しくなっていく

正直今時マニュアル車なんて乗る機会はほとんどない

しかし、教習はマニュアル車である

※今時マニュアル車のタクシーなどほぼないので、タクシーの教習もオートマ限定が多くなってきているのが現状である

坂道発進で50センチほど後退したら、

「おーい!! おい、おい! 殺す気か?」

「プロのドライバーが坂道で後ろに下がるか?」

二言目には「プロのドライバー」という言葉を使ってくる

正直その言葉にはやや違和感を感じていた

タクシードライバーになろうと思ってるだけで、プロドライバーになろうと思っているわけではない

この二つの言葉は、後に経験を積む中で徐々に近づいてくるのだが、

この頃は、全く違うものとして捉えていた

2種担当の教官は主に2名だったが、

特に下地(しもじ)という、60代くらいのハゲ教官が、厳しいというより、

嫌味っぽい感じで生徒に嫌われていた

2種には鋭角コースもある

道路がV字に切られている、現実的にありえないコースを走るわけだが、

脱輪もしたくないし、コースも目視ではよく見えないので、確実に2度切り返す

下地は黙っていた

コースを抜けると、

「もう一度戻れ」

「はい?」

「もう1回鋭角入れ言うとんねん!」

完全なパワハラである

「わかりました」

「切り返しは一回や」

「…」

もう一度コースの入ったが、

やはりうまく行かず、2度目の切り返しをする

思い切りブレーキを踏まれた

ハンドルに顔を叩きつけそうになる

「切り返し一回言うたやろ!」

元々大阪人かもしれないが、徳島での生活が長いのか、関西弁のイントネーションも微妙におかしい

そんな違和感もあって、さすがにイラっときた

「お客さんが乗ってたら、脱輪したらケガされるかもしれないので」

「はぁ?」

「切り返しでケガされることはないですよね」

言い返した

ハゲ教官はそれを聞いて、きしょい笑みを浮かべた

「お前な、よう言うたな」

「…」

「その度胸はほめたるわ」

「ありがとうございます」

「でもな、この鋭角って、なんのためにやるか分かるか?」

「…」

「実際の道路にこんなんあるか?」

「いえ、ないです」

確かにそれ思った

「これはな、Uターンの練習やねん」

「…Uターンですか」

「せや、タクシーっちゅうのは、Uターン商売や。1日に100回でもUターンせなあかん」

「100回…(大げさやろ)」

「片側1車線の道でUターンするときにな、1度でまわれんかっても、2度目で行けんかったら、対抗(車線)で飛ばしてきた車あったらどうや?」

「あぁ…」

「危なくないか?」

「…はい」

こんなハゲのおっさん教官に論破されると思わんかった


1月16日(金) 71,930 55回







2026年1月15日木曜日

90万超え

タクシーストーリーの続きもみんな楽しみにしてるやろけど(誰がやねん)

今日はこれ書かせてくれ(ご自由にどうぞ)

1月度締め日、

タクシー人生初の90万超え(涙)

えぐいよね

どうせなら区切りの100万とか言いたいところやけど、

大阪でタクシー乗り始めたのが、

23年前の2003年

隔勤で、

新人やったこともあるけど、

あの頃ちょうど小泉構造改革やらで、

タクシーが死ぬほど増えて、

地獄の値引き競争

アホな大阪は5・5割(5千円以上のメーター料金を半額にする狂気の価格設定)とか

そんなんで1乗務3万も出来ないわけよ

そのくせ走行距離のノルマは300キロ

そんなに走れるかって

長居公園ぐるぐるまわったりするわけよ

時間制限なんかもあってないようなもんやけど

それでも法定内の20時間で帰ってきたりしてると、

一月の売上が40万とか、それに届かないとか、

そんな時代にタクシー乗り始めたんですよ

その頃先輩が70万80万上げるとか、

どんな仕事してたかって、

高槻あたりの1号線ほぼ100キロ出して走ってたし、

隔勤でも24時間乗務は当たり前やったね

ドリンクホルダーに堂々と酎ハイ置いてたり…

そんなめちゃめちゃな時代やった

その後さすがに地獄の大阪からは逃げて(今は大阪も良くなったみたいやけど)、

郊外で日勤しながら、

一月50万くらいは出来るようになって、

地方は歩率低いから、

大体50%程度、

一月50万、年間売上で600万、

年収やっと300万みたいな

それでも満足してて、

徐々に売上も上がっていって、

最高で一月80万超えたことがあって、

2013年くらいかな

日勤で無理して月300時間超えて、その数字

そこから管理職になって、

10年管理職やったけど、収入も大したことないし、

何よりストレス多いし、楽しくない

コロナが終わってすぐ転職してドライバーに戻った

最初はとにかくドライバーやってるだけで楽しくて、

事故も怖かったし、

1乗務18時間でさっさと終わるし

売上なんて二の次やったけど、

それでも普通にタクシーだけで年収軽く500万超えて、

副業収入もあって、

さらに先月値上げがあって、

もう1ランク上がって、

遂に一月90万ですよ

乗務時間も250時間程度

新人の頃大阪で、300(時間)乗って40万届かんかったから、

倍どころやない

ほんまにタクシー良くなったよ

もっともっと良くしていきましょう

心からそう思った夜でした


1月14日(水) 60,900 32回



2026年1月13日火曜日

成人式の日の乗務

 3連休の最終日

正月気分の日の最終日と言っても良いかもしれない

そんな日に人は動かない

9時頃出庫して

始めての乗車が9時40分

500円

2回目が、10時30分

700円

11時のベンチマークが1万円なのだが、

11時過ぎても1200円しかない

病院もやってない

ビジネスの動きもない

寒いし(朝は神戸でも氷点下)

家でゆっくりしようという日である

しかも、正月休みの勤務合わせに出勤するドライバーは多い

需要は少なく、供給は(休日にしては)比較的多い

頼みは成人式である

11時半頃アプリが鳴って、

行き先はノエビアスタジアム!

振袖の女性と母親の乗車

「おめでとうございます!(自分に言ってんのやろ)」

ノエスタ周辺は渋滞やったが、

さすがに人の集まるところには仕事があり、

そこから少しづつ仕事は出来たものの、

仕事が少ない流れは変わらず、

20時頃の晩飯までの目標が最近は5万やったが、

今日はやっと3万超えたくらい

日付が変わる頃に芦屋へ行って、

やっと4万に届いたとき、

芦屋でGOアプリが鳴った

アンリシャルパンティエの前から、

スーツ姿の成人らしき金髪男性

「すみません、ちょっと遠いんですけど…」

テンション上がる

「泉大津の駅までお願いします」

1発メーター23000円

こんなんがあるから、タクシーはやめられへん


1月12日(月祝) 65,970 29回





2026年1月11日日曜日

「年収1000万は超えてます」

 10日深夜最後の客

1時過ぎに西宮送りの仕事があって、

えべっさん(10日戎)の夜やし、西宮流そうかとも思ったが、

もう遅いし、神戸に帰ってしまおうと思っていたところでGOアプリが鳴った

配車先はさくら夙川駅北のスナック

深夜の飲み屋は待たされることがあるので、昔はイライラすることも多かったが、

アプリ配車は5分でキャンセル出来るので、待っていてもやや気持ちの余裕がある

※5分待たなくても配車中止は出来るが、その場合はドライバーにペナルティ(ランク落ち?)があるらしいし、5分待ってキャンセル(配車中止)することで、客側はキャンセル料を請求されることになる(ドライバーにキャンセル料は入らない)

ほどなくして、店から女性が出てくる

「もう少し待ってください」

「はい、分かりました(5分経ったら消えます)」

それほど待たずに、店から酔っぱらった男性2名が出てきた

こっちは待ってるのに、おぎやはぎの小木に似た1人の男はタクシーの横で女性と抱き合ったりしている

髪が薄く小太りのもう1人は、女性と抱き合うキャラでもないようで、先に乗り込んで来た

小木似の男が乗ると、

「俺先行って良い?」

「もちろんです」

こういうとき大体二人の力関係が分かるのもタクシーの面白いところである

「えーっと、運転手さん、そこまず左曲がって」

「わかりました」

とりあえず行き先を言わずに、道の指示をするのは近場のパターンである

夙川を北に向かって走る

「マヤちゃん、相変わらずかわいいなー」

「でも、あの娘、裏ありそうですよね」

「男いるんかなー」

「そりゃ、いるでしょ」

飲み屋から出てきたサラリーマンあるある会話である

やはりというか、髪の薄い男はネガティブな対応である

「しおりちゃんは男おらへんみたいやで。いったら(アタックしたら)ええやん」

小木似の男が髪の薄い男に振る

「いや…わたしね、わかってるんですよ。感覚的に。中年のハゲを女は受け付けないって。騙されるだけですよ」

冷静な分析、俺もそう思う

「そうか」

上司かわからんけど、そこ社交辞令で否定してあげて

やがてその小木似の上司は降車する

「とりあえず夙川下って、山幹東へ走ってください。大屋町のあたりです」

「わかりました」

ハゲ男性一人になると、行き先を聞いてることもあって、黙々と深夜の川沿いを走らせた

山幹に入るころになってハゲ男性が切り出した

「あの…ちょっと聞いた話なんですけど」

「はい?」

「失礼になるかもしれませんけど、前にタクシー乗ったとき、運転手さんが年収600から700あるって言ってたんですけど、盛ってますよね?」

「えー、600くらいなら、この辺では普通やないですか。700いってたらまあまあやけど、盛ってはないと思いますよ」

「まじすか!タクシーってそんなに儲かるんですか?」

「いや、他の業界も最近どんどん収入上がってるから、それほどでもないでしょう」

直感で、この人は転職を考えてるなと感じた

「でもそれだけ(600とか700)やるとなったら、やっぱりかなりハードなんですよね」

「いや、そのくらいの数字はムキになって仕事しなくても出来ますよ。そもそもタクシーは時間制限ありますから、時間的に無理することは出来ませんから」

「そうなんですか」

「転職考えてはるんですか?」

ズバッと聞いてみた

「いや…よく分かりましたね」

「そういうの、分かりますわ。収入的には今結構あるんじゃないですか」

「1000万は超えてます」

「わかります。人間関係ですか」

「今の上司が耐えられんくて…さっきの人やないですよ」

「正直タクシー乗れば人間関係からは解放されますが、おそらくタクシー乗る気はないでしょう(笑)」

「はい、わかりますか」

「辞めて、何しようと思ってるんですか?」

「実はまだ決めてないんですよ。辞めることだけは決めてるんですが」

「今それだけ収入があるということは、それなりにキャリアを築かれてるわけですよね」

「まあそうなんですけど、今の業界(建築関係)に全くこだわりはないです」

「ご年齢教えてもらっても良いですか?(キャリアカウンセラーか)」

「54です」

「建築関係でキャリア持ちの50代前半なら、結構ありそうですね」

「そうですか」

「その収入なら、今は管理(職)に入ってる感じですか」

「その通りです」

「現場監督なんかも出来るんですよね」

「はい、もともとそっちで。資格も結構あるんですよ。現場の頃は楽しかったんですが、昇格して事務所入って、ストレスで死にそうですわ」

「それならはっきりしてますやん。その業界現場で人足りなくて困ってるのに。引く手あまたですよ。今54なら、50代前半と後半では印象違いますから、早めに判断した方が良いです」

「そうですか」

「今の職場に在籍しながら転職活動するのもありですが、辞めてハローワーク通せば再就職手当ももらえるかもですよ。その辺は話すと長くなりますが」

「プロ(のカウンセラー)みたいですね」

「わたし一応中小企業診断士の資格も持ってるんですよ」

目的地に着いた

「ありがとうございます!なんか先が開けてきたっていうか、相談して良かったです」

「そう言ってもらえたら嬉しいです」

料金は4900円やった

「あの…これ、少ないですけど」

10000円札である

チップ5000円か

まあ、年収も1000万超えてるらしいし、これだけアドバイスしたんやから、多すぎることもないか(多すぎるわ)

「あ、ありがとうございます…」

「お釣り5000円で良いです」

「あ、あ…そうですか。ありがとうございます」


1月7日(水) 58,450 38回

1月9日(金) 73,450 49回

2乗務分アップ出来てなかった

7日は苦しかったな

まあどちらも年明けで日中(特に朝)動き悪い中で、深夜はそこそこ仕事あった






2026年1月6日火曜日

タクシーストーリー⑮ 交流

 徳島ラーメンを4人で囲みながら、

ぎこちない交流会をした

特に自己紹介をするでもなく、

梶川が連れてきた2名は、

ほとんど梶川と話していて、

自分は徳島ラーメンに入っている生卵のような、

なんとなく違和感のある存在であった

「山元さんは…神戸から来られたんでしたっけ?」

もうラーメンもほとんど食べ終わる頃に、

気を使った質問が振られてきた

「はい、…吉川さんはこちら(地元)の方でしたか」

気を使ってくれたのは、同じく40代くらいの地元出身の男性だった

これからタクシードライバーになるとは思えないくらい整った顔立ちをしていた

「そうなんですよ(笑)。こんなときくらい地元を離れて羽を伸ばしたいんですが」

「ご家族もおられるんですか?」

「はい、妻がおりますが、子供が出来なくて…この田舎で妻と二人暮らしです」

「そうなんですか」

もう一人は大阪出身の60歳前後の、「いかにも」関西人であった

梶川と前職の年収やら、タクシーはどんだけ稼げるやらの話で盛り上がっていた

向かいに座っている徳島人に聞いた

「吉川さんはなんでタクシーに乗ろうと思ったんですか?」

「いや、実は前からタクシーに乗りたかったんですよ。実家は農業をしていて、手伝っていたんですが、農業をしながらでも出来ると言われたので」

「農業ですか。奥さんは反対されなかったんですか」

「反対どころか、嫁に勧められて来たんですよ」

「はぁ…奥さんに勧められて?」

「タクシードライバーかっこ良いって(笑)」

タクシーの話をして、思い切り冷たい視線を浴びせられた、あの日の夜を思い出した

タクシーがかっこ良い


1月5日(月) 68,000 41回

世間は仕事始めの乗務

病院も始まって、

久々伊丹空港も行けて

昼間はそこそこ動いたが、

夜は悪かった

帰ろうと思った2時頃に3つくらいアプリが鳴って

まあまあ(売上)作れた



2026年1月4日日曜日

新年初乗務

 1月3日(土) 68,360 41回

2026年の初乗務であった

午前中は仕事も少なく、

とりあえず駅では個タクの重鎮さんなどに挨拶して、ご機嫌取っておいて(そういう世渡りの感覚あったんや)

午後からは、まあまあ動いたかな

今年の目標

①一時停止で止まる!

②黄色信号で止まる!

③横断歩道で止まる!

止まって得取れである

タクシーも人生も焦らずともチャンスは来る

がんばろー

夜は満月やった




タクシーストーリー①~⑭ 面接から入校まで

 「タクシーは年収1千万も夢じゃない」

どこかのブログサイトか、Xの投稿か、スマホで何かを検索していたら出てきた言葉に惑わされ、年収4百万円台の仕事を辞めて40代でタクシー会社に飛び込んだ。


以前はスーパーマーケットに勤めていた。

品出しやレジ打ちなど、真面目にこなしていたら、数年で店長まで上り詰めた。

収入的に特に問題はなかった。

夫婦共働きで、三人の子供を養う程度の生活は出来た。

しかし店長になると、開店1時間半前の7時半には店に出て、21時の閉店後も片づけやレジ締めなど終えると22時を過ぎ、帰宅は23時前後。

表面上は週休2日とは言っても、休みの日も結局仕事に出てくる。

週末の休みなどあり得ない。

結局子どもと過ごす時間もほとんどなく、ここ数年過ごしてきた。

何がきっかけだったわけでもない。

ただ深夜に帰宅して、スマホをいじっていたときに、

車運転するだけで1千万…

そんなフレーズが頭に残り、普段仕事が気になってなかなか寝付けなかったのだが、その日は何故かぐっすり眠れた。

朝になると、まあそんなわけないよな、ネット情報なんて半分嘘、大げさ、まともに取ったら取返しのつかないことになる。

現実に戻され、そそくさとシリアルで朝食を済ませ、仕事に出る。

責任の重さと、少しのプライドを抱える生活はそれほど悪くないと自分に言い聞かせていた。

タクシーが気になり始めてからは、深夜に少しその気になり、朝に現実に戻される。

そんな日々が続いた。

ある日思った。

年収1千万とか、それほど魅力は感じない。

というか、やはり現実味はない。

しかし、自分は車の運転が好きだ。

今は電車通勤だが、たまに半休が取れたら子供を連れて買い物や、目的もなく田舎に車を走らせたりするのがストレス解消になっていた。

車を運転するだけで給料がもらえる仕事

しかもなんとなく、

自由っぽい。

遂に朝起きてもタクシーのことが頭から離れなくなった。


「タクシーだけはやめてほしい」

忘れもしない。

転職の決意と、タクシーに乗ってみたいという話を嫁にしたときの第一声である。

「なんで?」

「なんでって…タクシー乗ってるなんて、近所に知られたら」

「知られたら?」

「子どもたちのことも考えてあげて」

「…ほとんど犯罪者扱いやな」

決められた路線もレールもない。

これは後に感じたことだが、タクシーとは道路という、都市の血管を流れる、社会の「血液」である。

もしタクシーがなくなれば、社会も経済も血栓だらけになる。

多くのドライバーが何を話し合うこともなく、足りないところに流れて血流を作っていく。

タクシーは街の活力なのである。

ただもちろんこの時はそこまで分かっていたわけでもない。

「タクシーの何が悪いんや?」

「……」

何が言いたいのかは分かった。

なんとなくかっこ悪い

古い車に乗って、ダサい制服とセンス悪いネクタイ、何より平均年齢高過ぎ。

高齢者の社交場は地域の公園のグラウンドゴルフか、駅のタクシー乗り場と言っても過言ではない。

そんなところに40代で入っていくのは、社会的自殺行為ではないか。

と嫁は感じるのだろう。

しかし、ここで俺の決意はより固まった。

俺が変えてやるよ。

タクシーのイメージを変えてやる。

まだ入ってもいない業界を変えようなんて、飛躍しているかもしれない。

でも俺はそう感じた。

何か大きな未来が見えてきた気がした。


年収1千万のドライバーもいるらしい

嫁を説得するには「年収1千万」はキラーワードやった

しかし、実際そんなに稼いでいるのはほとんど東京のドライバーで、

この神戸という地で、その数字は現実から離れている

ということも、いろいろ調べて分かってはいた

「今の仕事を辞める前に面接でしっかり話を聞いて、現実を見てから決めてほしい」

嫁からの要望であった

いくつかネットで検索した会社をリストアップした

関西で大手の電鉄系である阪急阪神、神鉄、バス大手の神姫

独自の路線を行く相互タクシーやMKタクシー

全国的にも幅を利かせている第一交通

名の知れた会社は恐らく研修制度も充実しているだろう

未経験で飛び込むにあたってはまずそういうところを選ぶべきなのだろう

収入も比較的安定している気がした

しかし、何か引っかかるものがあった

タクシーのイメージを変えてやる

そんな大きなことを考えて入るには、大手に入るのは組織に埋もれてしまうような感覚はあった

何より「タクシー」という自分が魅力を感じた「職業」よりも、

「阪急」であったり、「MK」みたいなワードが強い気がする

「阪急で働いてます」

「まあ、それはご立派な(会社で)。何をされてるんですか?」

「タクシーに乗ってます」

「はぁ…(タクシーですか)」

みたいな会話が入る前から目に浮かんでくる

そんなこんなで小さな会社も見ている中で、

「歩率60%」

「勤務シフトは自由に決められます」

そんなワードに引き付けられた

大手の会社は勤務シフトはある程度決められているようやし、

歩率は(神戸では)大手は大抵55%くらいの感じであった

※タクシーの歩率は東京地区が最も高く、地方へ行くほど下がっていく傾向にある

その分大手は福利厚生はしっかりしているのだろうが、

何より、

組織が小さい分自由が大きいはず

という勝手な想像が俺をその小さな会社に引き込んでいった

「面接をお願いしたいんですが」

「はいはい!いつでもどうぞ」

この人、いつもどんな仕事してるんやろ…

そんな疑問と不安を抱きながら面接の予約を取った


目の前にあったのは、面接に来た会社の社屋というより、

小屋であった

いつの時代に作ったのだろう

ベージュが煤けたようなトタンの壁に、窓には元の色が分からないようなグレーのカーテンがかかっている

暗い…

それが第一印象やった

入口のドアというより、建付けの悪いプレハブの引き戸のようなものを軽くノックした

返事がない

よく見ると、引き戸の横に、バスの「次降ります」みたいな小さなボタンがあった

インターホン…?

ボタンを押してみる

「はーい!」

年配の女性の返事が建物の中からした

反射的にそこから逃げ出そうという強い衝動に駆られた

「どうぞ!」

寝間着のような薄いピンクのニットを着た小柄なおばちゃんが引き戸を開けた

一瞬逃げ遅れた


面接は見た目80歳くらいの社長と、

課長と呼ばれている管理者の男性の2名がソファの向こう側に座って行われた

ザラザラとした、なんとも言えない古い素材のソファには、誰のものとも思えない髪の毛がそこここに付いていた

「えー…と、タクシー経験はないんですね」

履歴書を見ながら、神経質そうな課長の第一声はタクシー経験についてだった

「はい」

「いえ、構いませんよ。免許はうちが費用を負担して取得出来ますから」

3か月ほど散髪に行っていないような、中途半端に伸びた髪を触りながら、不自然な笑みを浮かべて課長は言った

「あのー…、免許を取らせてもらった場合は、何年かは縛りがあるんですか…」

「1年半です。それ以内に退社された場合は申し訳ありませんが、免許取得にかかる費用は負担してもらうことになります」

やはりそうか

「その場合の費用はいくらくらいになるんですか?…いえ、あの、当然すぐに辞めるつもりはありませんけど」

「はい、ご心配は分かります。費用は教習中に支払われる1日1万円の手当も含めて30万程度になるかと思います。入社1年を過ぎたらそれが半額になります」

30万か…

壁を見上げると、運送約款だとか、運行管理者の資格証などの類の額がバランス悪く飾られている

2年もこの会社にいるイメージが湧かなかった

タクシーはこの会社だけではない

ここはやめておこう

と思ったとき、ここまで隣で座っていただけの、白髪の社長が初めて口を開いた

「いらんよ」

「はい?」

課長が驚いたような顔で横に座っている社長に顔を向ける

「半年で辞めても、1か月で辞めても、免許の金は返さんでも良い。一度タクシー乗ってみたら良いわ。君みたいな年齢から乗り始めたら、きっとすぐに辞める気にはならんよ」


「今まではどんな仕事してたんですか?」

考えてみれば、相手にとっては一番重要な質問であるが、

面接もそろそろ終わりかと思ったときに、社長がその問いを持ってきた

ここまでは、課長がクシーの仕事や教習の内容などの説明を一方的に説明するのを聞いていた感じであった

突然の展開に少し戸惑ってはいたが、回答は少しは用意していた

「今まではスーパーでの仕事が長かったです。基本はレジ打ちや品出しですが、最終的には店長として仕入れや広告の企画なども行っていました」

「そこまで任されたら、それなりにやりがいもあったんやないですか」

「はい。自分なりにはやりがいを感じていた部分もありますが、そこに対する評価はほとんどなかったですし、ミスに対する突っ込みは容赦なかったです」

「店長として、下のもんの責任も負わされたりするんやろな」

「はい、その通りです」

「楽しくなかったか」

「まあ、…はい」

「収入は?履歴書には書いてないか」

隣に座っている課長に振る

「はい、記載ありません」

課長が事務的に答える

「給料はどのくらいもらってたんですか?」

聞きにくい質問なんだろうが、社長はストレートに聞いてきた

「はい…年収は400万を少し超える程度ですが…収入面でそれほど問題はなかったんですが」

「ハハハ!収入に問題ないのに辞める奴はおらんよ。ストレスの大きい仕事でも、それなりの収入があれば、人は我慢するもんや。もちろん限度はあるけどな。聞いたところ、あなたが今の職場で感じているストレスは、悪いけど一般企業で中間管理職が感じている『普通の』ストレスやろな」

ズバっと言うな

このくらいから、少しづつこの社長に信頼というか、リスペクトを感じ始めていた

「そうなんでしょうか…、そうなんでしょうね」

「給料が少なすぎたいうことや」

社長が笑顔を振ってきたので、こちらもぎこちない笑顔を返した

「まあ、心配せんでも良い。あなたが今もらっているくらいなら、(タクシーで)それを下回ることはないやろ」

白髪の社長はもう一度笑顔を振ってきた

「あなたにとって、タクシーの仕事はきっと楽しくて仕方ないやろな」

今度は笑顔を返すことは出来なかった


「えー、…あと、そうそう、タクシーに乗ろうと思ったのはなんでかな?」

社長の最後の質問やった

一体この面接はなんやろう

ここまで1時間近く面接時間を使ってきて、

ここに来て、この質問か

面接始めから、勤務形態とか、勤務時間の制限の話やら、

日報まで見せてくれて、日報の書き方まで説明があったが、

真っ先に聞かれるべき質問が最後に来た

もちろん答えは用意していたが、

14時から始まった面接は1時間の予定で、次も控えているようやった

簡潔に答えた

「はい、街を走っているタクシーはよく見るんですが、縛られた感じがなくて、自由に見えたんです。今まで決められた業務と時間に追われて、いつのまにか常に上司や部下の顔色見ながら仕事をしていたんですが、そういう世界とは全く違った空気を感じました」

白髪の社長は真剣にこちらを見つめていた

「ほぅ…、面白いな」

「…」

何が面白いんやろ

「今まで何人もこうして面接して、志望動機を聞いてきたが、意外とその言葉を出す人はいないんやな」

「その言葉?」

「自由」

「…」

「正解や。よく見とるわ。タクシーは自由やで」

「はい」

「しかし、自由は裏返せば、放任であり、孤独であり、仕事面でも収入面でも寄りかかる壁はない」

「…はい」

「それを楽しめるかどうかや」

面接の途中までは、他社のことも考えながら聞いていたが、

ここに決めようと思った


面接は合否というより、

「こちらは是非入社して頂きたいと思っています。山元さんが今の職場をやめて、うちに来る気があればこちらの書類を揃えて持ってきてください」

面接の直後に入社書類を渡された

履歴書が嘘だらけかもしれないのに、身辺調査もせずに内定がくだされたわけだ

※実際はタクシー会社でも、大手などは直近の職場等に身辺調査をすることはあります

家に帰って、A4封筒に入っている書類を開けると、

まあまあのボリュームやった

主には入社前に通う自動車学校の資料やった

1枚づつ見ていくと、

身元保証人(2名)

という用紙があった

その日の夕食のときに、嫁さんに資料を見せた

「なにこれ?」

「いや、自動車学校の費用や、入社時に祝い金なんてのももらえるから、すぐやめて逃げる人もおるらしいねん。そんで…(保証人が)必要なんやって」

「それ(保証人)をわたしに?」

「まあ、普通は嫁さんがいたらそうなるやろ」

「わたし、こんなん書かへんで」

「えっ?」

「タクシーなんて、反対言うたやん」

「俺が金払わず逃げるとでも思ってるのか?」

「そういうわけやないけど、タクシーって聞いただけで、なんかゾッとするわ」

「……」

「なぁ、今からでも考え直してくれへん?」


結局嫁さんは保証人を最後まで断り、

田舎の父親と、姉に保証人をお願いした(母親は数年前に亡くなっている)

後に分かったことだが、

タクシーって、独身が多いことは多いのだが、

もちろん過去に奥さんと別れて独身の人もいるし、

ルーザー的なイメージは、確かにあるわけだが、

奥さんのいるドライバーは意外と仲が良い

タクシーに乗っていると、

実車中(お客さんを乗せているとき)を除けば、

いつでも連絡がつくし、

休みも多いので、家にいる時間も長い

事業に失敗したとか、

前の職場で人間関係に苦しんで業界に入ってきている人もいるが、

家族との時間を多く取るためにタクシーに乗っているドライバーも多いようである

要するに、

嫁が身元保証人のサインをしてくれないようなケースは、

これも後から知ったことだが、

珍しかったようである

そんなこんなで、今の会社に規定の2週間を空けて退職願いを出し、

そのうち1週間は有給消化して(結局有給20日ほど捨てることになった)、

円満退社とは言えないのかもしれないが、

ただ曲がりなりにも10年以上勤めあげた会社の出勤最後の日にも、

未練は全くなかった

1か月くらい先には、自分がひとりでタクシーに乗っていることを考えると、

正直ワクワクしていた


9月になっても夏は終わらない

そんな時代になりつつある

節約で28度にエアコンを設定した部屋で、一日中汗をかきながら会社から渡された書類を揃えて、

入社手続きをした

「今はまだ学生さんが多いから、なかなか予約取りにくかったんやけど」

事務所の女性が9月下旬からの自動車学校の予定表のファイルを渡してくれた

合宿になるので入校は月曜日で、うまくいけば次の月曜には卒業出来るらしい

「(卒検に)失敗する人とかいるんですか」

「うーん…まあ、7,8割は予定通り卒業されてますよ」

まあまあプレッシャーのかかる数字である

学校は徳島らしい

「どうします?車で行かれます?バスなら交通費は出ますが」

自家用車で言った場合は交通費は出ないらしい

「それなら、バスで行きます」

明石の橋はそれなりに通行料かかるし、宿舎は学校の隣のようやから、車使うこともないやろう

「分かりました。高速バスのチケット取っておきますね」

何年ぶりの自動車学校やろ

それより、1週間後の入校日まで何しよか

今までほとんど休みなどなかったから、休みがあっても何をして良いか分からない

保証人問題で夫婦関係もギスギスしてるから、旅行というわけにもいかないし、

この機会にゴロゴロしようか

などと考えていた


勤めていた食品スーパーを退職して、

自動車学校に入校するまで、10日近く空いた

タクシーへ転職することに不満を隠さない嫁さんと一緒に家にいるのも、

1日2日なら良いが、10日ともなるとさすがに気まずい

この機会に子供たちと過ごすのも悪くはないが、

中2の息子と、小6、小3の娘で、

日中は学校に行ってるし、

そもそも今までほとんど家にいない生活をしていたから、

父親が転職で家にいると言われても、

子供たちの反応はイマイチである

「お父さん、タクシーに乗るの?」

心配そうに上の娘が聞いてきた

母親にも何か聞いてるのかもしれない

決してポジティブとは言えないトーンであった

小学生とは言え、高学年にもなると、

大人の世界の職業の貴賤みたいなものは、

なんとなく分かるのかもしれない

「うん」

ここで、もう少し説明を付け加えられたら全然違うんやろうが、

何せ、何も知らない世界である

家に籠って3日目、

耐えられず、簡単に着替えなどまとめて、一人旅に出た

阪神青木駅から西へ向かい

なんとなく広島へ行った

ビジネスホテルに2泊して、

平和公園などをウロウロしていたら、

気づいたらなんとなくストレス解消出来ていた

九州まで行ってみようかとも思ったが、

やめて家に帰った


そうこうしているうちに、

入校の日になった

待機日数は嫌というほどあったので、

準備は万端である

子供たちを送り出し、

朝出発前に荷物を確認していると、

嫁さんが黙ってパートへ出かけていった

ちょっと気の利いたドラマなら、

そこまでギスギスしていても、

出かける前に一言、

「がんばって」

なんてのがあるのかもしれないが、

現実は、無言で目も合わさない激励であった

バスの出発時間はそれほど早くないので、

ゆっくり歩いて駅まで行って、

阪神電車で三宮に出て、

そこから会社が手配してくれた高速バスに乗って、

徳島の自動車学校へ向かった

指定のバス停を降りて、5分ほど歩いたところに、学校と合宿の宿舎があった

まず宿舎の部屋へ案内され、荷物を置いた

8畳ほどの部屋の両脇に2段ベッドが置かれていた

一応4名入れる部屋だが、自分ともう一人の、2名の相部屋になると説明された

相方はまだ到着していないようである

昼過ぎに到着して、14時からは入校式と説明会があり、

その日から授業も2コマほど組まれていると聞いた

近くのコンビニへ行って、

軽く昼食を済ませた

なんか海を越えてきたせいか、

入校日を待ちながら、鬱々としたここ数日から解放されて、

清々しい気持ちになっていた


入校式と言っても、

自動車学校における、これからの2種教習の説明会だった

概ね学科20、実技20時限、ストレートで通れば計40時限とのことであった

※2025年9月の法改正で約30時限に短縮されている

週一、月曜入校なので、

6名が同期として教習を受けることになる

ひとりひとり、簡単に自己紹介があった

大阪組が3名、神戸が自分含め2名、地元徳島から1名

自分の順番が来た

「神戸から来ました山元卓也です

42歳です

前職はスーパーで店長をしていました」

もう少し言いたいことはあったが、無難なコメントでやり過ごした

「ほー、店長さんか」

60歳くらいの、頭の禿げかかった担当教官が嫌味っぽく呟いた

入校式前にルームメイトになると挨拶をされた、梶川という男の自己紹介はよく覚えている

「大阪生野から来ました梶川祐樹です

52歳です

高校中退して、いろいろやってましたが、直近はヤマトの配送やってました

昨年の年収が600万ほどでした

年収1000万出来ると聞いて、タクシー乗ることにしました

よろしゅう頼んます」

同じ関西人の自分からしても、きつい大阪なまりやった

何より「タクシー」の発音が、後半にアクセントのある独特の響きで、

何か違う職業の話をしている印象があった

年収1000万

確かに自分も、そんな話を聞いてタクシーに興味を持ち始めた

部屋に戻ると、梶川はもうチェックインしているようで、

自分と反対側のベッドの下に無造作に脱ぎ捨てられているシャツやジーパン、これでもかというほどに踵を踏みつぶしてあるスニーカーがひっくり返っていた

自分も荷物をまとめていると、                    

廊下から梶川が戻ってきた

トイレにでも行っていたのだろう(トイレは共同やった)

(「山元さんか、よろしゅう」

右手を差し出してきた

コロナ禍以来、握手などしていない

しかもトイレ帰りで少し手が濡れていた

差し出された手に気づかないふりをして、

「梶川さんですね。よろしくお願いします」

梶川は差し出した手を、特に不快感も出さずに引っ込めた

「なんでタクシー乗ろうと思ったの?」

いきなりタメ口である

「前職では管理職で、いろいろストレスも多かったので、自分のペースで働けると思いまして」

「なんぼくらい年収あったの?」

イメージ通りというか、金の話しかしない

「400万程度です」

梶川は少しふっと息を吐いた

「そんなんでは生活できんわな。家族もおるんやろ」

「そこそこ生活は出来ましたが、働き方の問題です」

梶川は嫌らしい笑顔を浮かべた

偏見かもしれないが、その後に発した言葉は、我々神戸の人間が大阪人に抱くイメージそのものやった

「働き方なんて関係あらへん、仕事は金やで」


 入校式の日から学科が2時限組まれていた

翌日からは午前3時限が主に学科、午後に実技が2時限、または3時限組まれていた

合宿1週間(7日半)で40時限の詰め込みは結構ハードである

学科では各時限で考査(小テストのようなもの)があり、

落とすと再受講になる

実技も判をもらえなければ、先に進めない

全てがストレートに行って、最終日(月曜入校の翌月曜)に卒検となる

卒検に落ちれば、また翌日(火曜)受験となる

なんとか月曜に卒業したい

特に用事があったわけではないが、

ここで落ちこぼれたら、今後の仕事において

何か落とし物をしたような、

そして、それは2度と拾えない落とし物である

学科の復習は卒検前(日曜の夜)にやれば良いとして、

夜は主に翌日の考査対策の予習に費やした

入校した夜も、次の日も晩飯はコンビニの弁当で済ませた

月曜入校して、水曜の夜、ここからさらにギアを上げようかと思っていたら、

同室の梶川が部屋に入ってきた

「精が出るなあ、そないにがんばってどうすんの?」

嫌らしい笑顔を浮かべながら、机に座って勉強していた俺のノートを上からのぞき込む

「今隣の部屋の2人と話とったんやけど、歩いて行けるところにラーメン屋があるらしいわ。せっかくやから同期で少し飯でも食わへんかって話になったんやけど」

合宿中はとにかくストレートで卒業出来るように、精一杯勉強する気ではいたし、

目の前にいる男は、やや距離を置きたいタイプではあるものの、

これから同じ仕事をすることになる、他の「仲間」には興味があった

「どないする?行くか?」

こんな聞かれ方して、肯定的な返答をしたくはないが、

「行きますわ」

こんな奴ばかりではないやろう


続く