「暑いですねぇ…」
年配の先輩とも自然に話せるようになってきた。
「ほんまに暑いなぁ、こんな時期は夜になると涼しくなるからタクシーは良いもんや」
「涼しくなる?」
先輩は気持ち良さそうにタクシーにホースで水をぶっかけながら、嬉しそうに言った。
「お化けが乗ってきたら涼しくもなるやろ」
なんや、そんなことか…
「ハハハ…」
おじいさんと話を合わせるのも一苦労やな
「なんや、お前お化け乗せたことないんか?」
「ありませんよ、そんなもの」
タクシーの怪談話とかよく聞くが、少なくとも俺がタクシーに乗り始めてから、そんな経験したことはない。
「お前(タクシー)乗り始めてなんぼや」
「2年ほどです」
「2年かぁ…。まだないか。タクシーってのはな。常にお化け乗せてんねん。乗せてる客についてることもあるし、客乗せてない空車んときに乗ってることもある。それが見えてくるのには少し時間かかるんかなぁ…まあ、心配せんでも、そろそろや」
「いえ、何も心配してませんが…」
2年もタクシー会社にいると、先輩のほら話にも慣れてくる。
えらい遠くまで行っただの、幽霊見ただの…最初は、
「へぇー!すごいですね」
なんて、真顔で聞いてたが、大勢乗務員がいる中で、目立つためにそれぞれ話を大きくしてるのが分かってきて、対応にも慣れてきた。
俺はあんな風にはなりたくない
と思っていた。
そんな日の夜やった。
俺の乗務している地域は、駅の近くにいわゆるニュータウンはあるものの、数10分走ればすぐに山の中に入っていくような地方都市である。
駅から乗車した女性は、
「××まで、お願いします」
普通やった。
乗ってきたときは、特別な感じもなく、ただその行き先がある程度距離のある場所だったことで、微妙にテンションが上がった。
「分かりました」
後部座席に乗った女性は40前後やろか、年齢のせいか少し落ち着いた雰囲気を受けた。
ロータリーを回って駅を出ると、女性はずっと窓の外を見ていた。
横顔が90度とすれば、ルームミラーから見る女性の顔は「横顔以上」やった。
その横顔以上を見て、
「タクシーってのは常にお化け乗せてんねん」
先輩の言葉を思い出した。
タクシーに乗車する女性の割合は、昼間は買い物や病院通いのおばあちゃん中心だが、夜になるとグッと減る。
夜は帰宅の男性サラリーマンが多く、
女性は1割、2割程度やろか
地域にもよるが、少ないことには変わりはないだろう。
そんな中でも夜は性犯罪を恐れる若い女性の比率が高い。
が、この40前後というところは、非常に「微妙」である(この年代になれば、性犯罪のリスクはなくなる言いたいんか)。
微妙で済ませておけば良いのだが、何か気になってしまう…
「暑いですねぇ」
話かけてしまった…
基本的に夜は客も一日の仕事を終えて疲れてるし、なるべくこちらから会話を投げないようにしているのだが、不思議と言葉が出てしまった。
「え?…はい」
女性は、年甲斐もなく(怒られんぞ、どんだけアラフォー馬鹿にしてんねん)白いノースリーブのシャツを着ていた。
「一日仕事ですか」
「えぇ…、はい」
返答に困っている。
通常なら、ここでフェードアウトするのがベテランドライバーなんだろうが、まだ半人前の若僧は続けてしまった。
「大変ですねぇ…こんな時間に帰って、また明日も仕事ですか」
俺らは明日休みやしー、なんて優越感で言ったわけでもなかったが、
「いえ、帰るんじゃありません。ちょっと見に行こうと思って」
「見に行く?」
「はい、前の旦那を」
意外と「旦那」について話す女性は少くないのだが、「前の旦那」となると、さらに想像が逞しくなってくる。
しかも一人で、タクシーに乗って、「見に行く」ということは…
「はぁ…、前の旦那さんと何かあったんですか?」
ここは難しいところで、基本タクシードライバーが会話の中で踏み込んで良い領域を超えているとも言えるが…
新人の頃は、
「これ以上はあかん」
というところでグッとこらえて、無難な会話に終始していた。
しかし、後になってみると
「聞いとけば良かった」
と思うことも多い。
タブーとされている質問も、相手が望んでいる(と思われる)のであればオーケーなのではないか。
この時は不幸にも?俺はそこに突っ込む選択をした。
「いえ、旦那は亡くなりました」
「亡くなった?」
「はい、もう20年も前に」
ちょっと、想定してなかった。
夫婦間のトラブルとか、不倫とか、そういうんやと期待(とか言ったらあかんのやろけど)していたが、
「……」
車内に沈黙が流れた。
ここで会話を切るのも不自然だったが、次の言葉が出てこなかった。
突っ込んだ以上最後まで話を聞かないといけないのだが、その「つなぎ」が出来ないところは、まだ俺も新人の域から抜けられていないのかもしれない。
車は住宅街の幹線を抜けて、山道に入っていった。
山道とは言っても、ニュータウンへの抜け道になっていて、時折すれ違う車はそれなりにスピードを出していた。
信号はほとんどなくなり、街灯の間隔が少しずつ広がりだしたとき乗客の女性がふと声を出した。
「ここで…」
「はい?」
「ここで停めてください」
「えっ??」
何もない田舎道である。
反射的にブレーキを踏んで、ハザードを点けた。
路肩が少し広くなっている場所があったので、そこで車を停めた。
気づくと左側の路肩はちょっとした崖になっている。
まさかここが目的地ではないだろうと思い、
「どうかされましたか?」
振り向くと、女性はいなくなっていた。
何が起きたのかよく分からずに、呆然としていた。
どのくらい時間が経っただろうか…数分だったのかも、または数秒だったのかもしれない。
対向車線の向こうの方から、トラックが走ってくるのが見えた。
かなりのスピードで近づいてきた。
こっちの車が路肩に寄せてるとは言え、緩いカーブを思い切り中央線を越えている。
トラックのハイビームが眩しくて、目を反らしたときルームミラーに若い女性が映った。
後ろを振り向くと、やはり誰もいない。
メーターは5千円を超えている…(大阪ならここから半額やな)
路肩には2体のお地蔵さんが、仲睦まじく並んでいた。
年配の先輩とも自然に話せるようになってきた。
「ほんまに暑いなぁ、こんな時期は夜になると涼しくなるからタクシーは良いもんや」
「涼しくなる?」
先輩は気持ち良さそうにタクシーにホースで水をぶっかけながら、嬉しそうに言った。
「お化けが乗ってきたら涼しくもなるやろ」
なんや、そんなことか…
「ハハハ…」
おじいさんと話を合わせるのも一苦労やな
「なんや、お前お化け乗せたことないんか?」
「ありませんよ、そんなもの」
タクシーの怪談話とかよく聞くが、少なくとも俺がタクシーに乗り始めてから、そんな経験したことはない。
「お前(タクシー)乗り始めてなんぼや」
「2年ほどです」
「2年かぁ…。まだないか。タクシーってのはな。常にお化け乗せてんねん。乗せてる客についてることもあるし、客乗せてない空車んときに乗ってることもある。それが見えてくるのには少し時間かかるんかなぁ…まあ、心配せんでも、そろそろや」
「いえ、何も心配してませんが…」
2年もタクシー会社にいると、先輩のほら話にも慣れてくる。
えらい遠くまで行っただの、幽霊見ただの…最初は、
「へぇー!すごいですね」
なんて、真顔で聞いてたが、大勢乗務員がいる中で、目立つためにそれぞれ話を大きくしてるのが分かってきて、対応にも慣れてきた。
俺はあんな風にはなりたくない
と思っていた。
そんな日の夜やった。
俺の乗務している地域は、駅の近くにいわゆるニュータウンはあるものの、数10分走ればすぐに山の中に入っていくような地方都市である。
駅から乗車した女性は、
「××まで、お願いします」
普通やった。
乗ってきたときは、特別な感じもなく、ただその行き先がある程度距離のある場所だったことで、微妙にテンションが上がった。
「分かりました」
後部座席に乗った女性は40前後やろか、年齢のせいか少し落ち着いた雰囲気を受けた。
ロータリーを回って駅を出ると、女性はずっと窓の外を見ていた。
横顔が90度とすれば、ルームミラーから見る女性の顔は「横顔以上」やった。
その横顔以上を見て、
「タクシーってのは常にお化け乗せてんねん」
先輩の言葉を思い出した。
タクシーに乗車する女性の割合は、昼間は買い物や病院通いのおばあちゃん中心だが、夜になるとグッと減る。
夜は帰宅の男性サラリーマンが多く、
女性は1割、2割程度やろか
地域にもよるが、少ないことには変わりはないだろう。
そんな中でも夜は性犯罪を恐れる若い女性の比率が高い。
が、この40前後というところは、非常に「微妙」である(この年代になれば、性犯罪のリスクはなくなる言いたいんか)。
微妙で済ませておけば良いのだが、何か気になってしまう…
「暑いですねぇ」
話かけてしまった…
基本的に夜は客も一日の仕事を終えて疲れてるし、なるべくこちらから会話を投げないようにしているのだが、不思議と言葉が出てしまった。
「え?…はい」
女性は、年甲斐もなく(怒られんぞ、どんだけアラフォー馬鹿にしてんねん)白いノースリーブのシャツを着ていた。
「一日仕事ですか」
「えぇ…、はい」
返答に困っている。
通常なら、ここでフェードアウトするのがベテランドライバーなんだろうが、まだ半人前の若僧は続けてしまった。
「大変ですねぇ…こんな時間に帰って、また明日も仕事ですか」
俺らは明日休みやしー、なんて優越感で言ったわけでもなかったが、
「いえ、帰るんじゃありません。ちょっと見に行こうと思って」
「見に行く?」
「はい、前の旦那を」
意外と「旦那」について話す女性は少くないのだが、「前の旦那」となると、さらに想像が逞しくなってくる。
しかも一人で、タクシーに乗って、「見に行く」ということは…
「はぁ…、前の旦那さんと何かあったんですか?」
ここは難しいところで、基本タクシードライバーが会話の中で踏み込んで良い領域を超えているとも言えるが…
新人の頃は、
「これ以上はあかん」
というところでグッとこらえて、無難な会話に終始していた。
しかし、後になってみると
「聞いとけば良かった」
と思うことも多い。
タブーとされている質問も、相手が望んでいる(と思われる)のであればオーケーなのではないか。
この時は不幸にも?俺はそこに突っ込む選択をした。
「いえ、旦那は亡くなりました」
「亡くなった?」
「はい、もう20年も前に」
ちょっと、想定してなかった。
夫婦間のトラブルとか、不倫とか、そういうんやと期待(とか言ったらあかんのやろけど)していたが、
「……」
車内に沈黙が流れた。
ここで会話を切るのも不自然だったが、次の言葉が出てこなかった。
突っ込んだ以上最後まで話を聞かないといけないのだが、その「つなぎ」が出来ないところは、まだ俺も新人の域から抜けられていないのかもしれない。
車は住宅街の幹線を抜けて、山道に入っていった。
山道とは言っても、ニュータウンへの抜け道になっていて、時折すれ違う車はそれなりにスピードを出していた。
信号はほとんどなくなり、街灯の間隔が少しずつ広がりだしたとき乗客の女性がふと声を出した。
「ここで…」
「はい?」
「ここで停めてください」
「えっ??」
何もない田舎道である。
反射的にブレーキを踏んで、ハザードを点けた。
路肩が少し広くなっている場所があったので、そこで車を停めた。
気づくと左側の路肩はちょっとした崖になっている。
まさかここが目的地ではないだろうと思い、
「どうかされましたか?」
振り向くと、女性はいなくなっていた。
何が起きたのかよく分からずに、呆然としていた。
どのくらい時間が経っただろうか…数分だったのかも、または数秒だったのかもしれない。
対向車線の向こうの方から、トラックが走ってくるのが見えた。
かなりのスピードで近づいてきた。
こっちの車が路肩に寄せてるとは言え、緩いカーブを思い切り中央線を越えている。
トラックのハイビームが眩しくて、目を反らしたときルームミラーに若い女性が映った。
後ろを振り向くと、やはり誰もいない。
メーターは5千円を超えている…(大阪ならここから半額やな)
路肩には2体のお地蔵さんが、仲睦まじく並んでいた。
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