2016年9月27日火曜日

季節外れの怪談話

終電間際、駅へ向かう下り坂でアクセルを踏んだ。

その先の信号を抜けたら駅のロータリーに入る。

信号は黄色に変わった。

ここで止まれば、国道を横切る信号がまたゴーサインを出すまでには2分ほど待たなければならない。

この時間帯の2分は永遠に近い。

北から国道を降りてくる空車のタクシーが、吐き気がするほど駅に向かって俺にその背中を見せていくことだろう。

しかし、そんなことはどうでも良い。

この時間はタクシーが支配する世界である。

客はどこにでもあふれている。

それでも、俺はその目の前の信号を突き破る衝動に駆られた。

今、そこにいる客こそが俺の「相手」だ。

それはドライバーの直感というか、説明出来ないこだわりであり、「運命」である。

我々は運命を大切にし、その運命の中で生きている。

俺は交差点を抜けた。

後方から、かすかにクラクションの音が聞こえた。

ロータリーに向かうきついカーブを曲がるセドリックのタイヤが音を立てた。

駅のタクシー乗り場には、5,6名の客が並んでいた。

その先頭にいたのは、若い女性だった。

やはり俺の勘は当たっていた。

平日の夜、後ろに並んでいたのはみなスーツを着た普通のサラリーマン風の男性であった。

夜はもう少し肌寒いくらいの風が吹いていたが、女性はオレンジのタンクトップとショートパンツ姿だった。

長い髪が、その顔をかくしている。

ドアを開けた。

「どちらへ行かれますか?」

女性は顔をあげなかった。

酔っぱらっているのだろうか。

「××団地まで」

「分かりました」

それほど遠くないが、まだ夜は長い。

女性の乗車は、平日の夜の気分を少し和らげてくれる。

俺はさっきタイヤを鳴らして走ったロータリーのカーブをゆっくりと曲がる。

「大変でしたね」

ちょっとびっくりした。

話しかけてくるような雰囲気はなかった。

「な、何がですか」

「大変だなぁ、と思って」

「仕事のことでしょうか」

「事故」

「事故?」

俺は前方に目を向けた。

パトカーや救急車のランプが交差点を明るく照らしている。

さっきのクラクション?

「大きな事故でしたね」

ちょっと違和感があった。

すぐ目の前の事故…なぜ「過去形」なんだろう。

大きな交差点に差し掛かった。

俺は事故の状況を見ようと、スピードを下げた。

交差点には、黒いセドリックとクシャクシャになった自転車、倒れた女性が救急車に運ばれている。

オレンジ色のタンクトップ…

俺は後部座席を見た。






3 件のコメント:

  1. 交差点の信号が黄色に変わった時は、私も後の事を考えて突入します。
    その後の”オレンジ色のタンクトップ”の女性は、ちょっと怖いですね。

    返信削除
    返信
    1. Gomaちゃんさん

      ありがとうございます!
      コメントはすぐに返事しないといけませんね(笑)。
      どこまで「行ける」かという判断、難しいですよね。たまに思いきり「止まる」という判断も大事かと思います。

      削除
    2. このコメントは投稿者によって削除されました。

      削除