側乗研修を終えて、いよいよ初めての乗務を迎えた。
4月21日、7時の点呼を終えて、IDカードを通して、
運転席に座った
スーパーサインの裏に乗務員証をセットした。
自分の中で、何かのスイッチが入った気がしたが、それが何のスイッチなのか自分でもわからなかった。
ゴールデンウィーク前だったが、朝から何となく気温の高い日だった。
車庫を出ると、とりあえず(大阪新人の登竜門と言われる)阪急3番街に向かった。
3番街の入り口は並ぶこともなく、ロータリーに入れた。
少しホッとした
3番街ロータリーが満車だったときは、手前のヘップ前などに並ばないといけないのだが、朝の梅田周辺は戦場で、新人が闘うには大きなストレスを感じるところだった。
ロータリーに入ると、気持ちを落ち着かせるのに少し時間がかかった
地図を見て、いろんな行き先(天六、心斎橋、なんば・・・)とルートをイメージする。
後ろからクラクションを鳴らされた。
前を見ると3台分ほどのスペースが空いている。
慌てて、車を前に詰めるといつの間にか先頭から2台目になっていた。
朝の梅田は動きが早い。
前の車に女性客が乗った。
いよいよ花番(待機先頭、鼻番とも言う)である
あっという間にここまで来たが、
ここからは長かった・・・
待てども、待てども客は乗ってこない
ここまで来たら、早く乗ってほしい
花番の重圧、ストレスはすごいものがあった
時計を見ると、実際は5分ほどしか待っていなかったのだが、感覚的には1時間ほども待っていた気がした。
「コン、コン」
前方ばかり見ていたが、いつの間にか後ろからドアをノックされた。
慌ててドアを開けると、客がのけぞっているのがフェンダーミラーにやけに大きく映っていた。
「何すんのや!あぶないなぁ」
「どうも・・・申し訳ありません・・・」
乗ってきたのは、40代前半に見える男性だった。
身長は170センチ前後、痩せ型で、頭はボサボサだったが、妙に威圧感があった。
後で考えると、業界(テレビ)関係者だったんやろか。
「・・・あの、どちらへ行かれますか?」
「インターナショナル」
「・・・インターナショナルですか?」
散々イメージして復習した、「想定行き先」にはない響きだった。
「あの・・・空港の国際ターミナルのことですか?」
「あんた若いのに中々(嫌味)言うやん。阪急の乗り場で『インターナショナル』言うたら決まってんやろ!阪急インターナショナルや!はよ行け!急いどんのや」
客は半分キレていた。
なんでこの人、行き先確認しているだけでキレるんやろ。
このときの俺には分からなかった。
「阪急インターナショナルと言うと、そこの茶屋町のですか?」
「行けへんのか?行けへんならはよ言ってくれよ。とぼけやがって。こっちは急いどんねん。乗車拒否でタクセンに電話すんぞ」
「いえ・・・すみません。分かります。行きます。近い方がありがたいです」
俺はアクセルを踏んだ。
「いちいち引っかかんなぁ・・・あんた嫌味言っとんのか、天然なんか分からへんな」
芝田の信号へ出て右折、済生会(病院)前を右折、すぐに右手に阪急インターナショナルが見えた。
「こちらですね!」
初めての客を、目的地に送ってきた。
達成感から自然とテンションが上がった。
「・・・『こちら』ですけど、こんな混んどる時間にこっちからどないして(ホテル車寄せに)入んねん。ええ加減にせえよ」
左折進入がタクシーの基本であることは研修では習ったものの、頭から消えていた。
※筆者は明石家さんまさんを乗せて、(梅田からではないが)同じ失敗をしたことがある。
この場合は、(どちらにしてもワンメーターは変わらないので)芝田1信号を右折、一方通行から新御堂側道へ入り、鶴野町北信号をまた左折、このルートで行けば、ホテルに「左折」で入ることが出来る。
「あの・・・どう致しましょう・・・実は今日初めて(タクシーに)乗る新人なんです」
「もうええわ!ここで降りるわ。地下から向こう渡れるから」
「申し訳ありません」
「ええ、ええよ、もう。でもな、お兄ちゃん。新人なら新人、分からんなら分からん、もっと早く言わなあかんで」
「はい・・・どうもすみません」
「まあ、遅かったけどな、言ってくれたら悪い気持ちはせんわ。これ少ないけど取っとき。今日のこと忘れんとがんばりや」
メーターは660円で止まっていた。
紙幣がコンソールボックスの上に置かれていた。
俺は屈辱感からしばしその場所に停まっていた。
息をついた。
次行こう、
前行こう
紙幣を上着のポケットに入れようとして、手が止まった。
1万円札だった。
4月21日、7時の点呼を終えて、IDカードを通して、
運転席に座った
スーパーサインの裏に乗務員証をセットした。
自分の中で、何かのスイッチが入った気がしたが、それが何のスイッチなのか自分でもわからなかった。
ゴールデンウィーク前だったが、朝から何となく気温の高い日だった。
車庫を出ると、とりあえず(大阪新人の登竜門と言われる)阪急3番街に向かった。
3番街の入り口は並ぶこともなく、ロータリーに入れた。
少しホッとした
3番街ロータリーが満車だったときは、手前のヘップ前などに並ばないといけないのだが、朝の梅田周辺は戦場で、新人が闘うには大きなストレスを感じるところだった。
ロータリーに入ると、気持ちを落ち着かせるのに少し時間がかかった
地図を見て、いろんな行き先(天六、心斎橋、なんば・・・)とルートをイメージする。
後ろからクラクションを鳴らされた。
前を見ると3台分ほどのスペースが空いている。
慌てて、車を前に詰めるといつの間にか先頭から2台目になっていた。
朝の梅田は動きが早い。
前の車に女性客が乗った。
いよいよ花番(待機先頭、鼻番とも言う)である
あっという間にここまで来たが、
ここからは長かった・・・
待てども、待てども客は乗ってこない
ここまで来たら、早く乗ってほしい
花番の重圧、ストレスはすごいものがあった
時計を見ると、実際は5分ほどしか待っていなかったのだが、感覚的には1時間ほども待っていた気がした。
「コン、コン」
前方ばかり見ていたが、いつの間にか後ろからドアをノックされた。
慌ててドアを開けると、客がのけぞっているのがフェンダーミラーにやけに大きく映っていた。
「何すんのや!あぶないなぁ」
「どうも・・・申し訳ありません・・・」
乗ってきたのは、40代前半に見える男性だった。
身長は170センチ前後、痩せ型で、頭はボサボサだったが、妙に威圧感があった。
後で考えると、業界(テレビ)関係者だったんやろか。
「・・・あの、どちらへ行かれますか?」
「インターナショナル」
「・・・インターナショナルですか?」
散々イメージして復習した、「想定行き先」にはない響きだった。
「あの・・・空港の国際ターミナルのことですか?」
「あんた若いのに中々(嫌味)言うやん。阪急の乗り場で『インターナショナル』言うたら決まってんやろ!阪急インターナショナルや!はよ行け!急いどんのや」
客は半分キレていた。
なんでこの人、行き先確認しているだけでキレるんやろ。
このときの俺には分からなかった。
「阪急インターナショナルと言うと、そこの茶屋町のですか?」
「行けへんのか?行けへんならはよ言ってくれよ。とぼけやがって。こっちは急いどんねん。乗車拒否でタクセンに電話すんぞ」
「いえ・・・すみません。分かります。行きます。近い方がありがたいです」
俺はアクセルを踏んだ。
「いちいち引っかかんなぁ・・・あんた嫌味言っとんのか、天然なんか分からへんな」
芝田の信号へ出て右折、済生会(病院)前を右折、すぐに右手に阪急インターナショナルが見えた。
「こちらですね!」
初めての客を、目的地に送ってきた。
達成感から自然とテンションが上がった。
「・・・『こちら』ですけど、こんな混んどる時間にこっちからどないして(ホテル車寄せに)入んねん。ええ加減にせえよ」
左折進入がタクシーの基本であることは研修では習ったものの、頭から消えていた。
※筆者は明石家さんまさんを乗せて、(梅田からではないが)同じ失敗をしたことがある。
この場合は、(どちらにしてもワンメーターは変わらないので)芝田1信号を右折、一方通行から新御堂側道へ入り、鶴野町北信号をまた左折、このルートで行けば、ホテルに「左折」で入ることが出来る。
「あの・・・どう致しましょう・・・実は今日初めて(タクシーに)乗る新人なんです」
「もうええわ!ここで降りるわ。地下から向こう渡れるから」
「申し訳ありません」
「ええ、ええよ、もう。でもな、お兄ちゃん。新人なら新人、分からんなら分からん、もっと早く言わなあかんで」
「はい・・・どうもすみません」
「まあ、遅かったけどな、言ってくれたら悪い気持ちはせんわ。これ少ないけど取っとき。今日のこと忘れんとがんばりや」
メーターは660円で止まっていた。
紙幣がコンソールボックスの上に置かれていた。
俺は屈辱感からしばしその場所に停まっていた。
息をついた。
次行こう、
前行こう
紙幣を上着のポケットに入れようとして、手が止まった。
1万円札だった。