2014年4月3日木曜日

タクシーストーリー⑥~教習所 後編

会社から指定されたのは、自宅から3駅ほどしか離れていない運転教習所だったが、

敢えて合宿を選んだ

合宿費用等も会社で負担してもらえるし(さらに日当1万がつく)、ちょっとした気分転換もあったが、

何よりどんな奴らがこの業界(タクシー業界)に入ってくるのか興味があった

自分が入ろうとしているにも関わらず、どこか他人事のように考えているところがあって、

今思えば、俺もどこかでこの業界に対する偏見(または差別意識)があったのかもしれない。

初日の講習を終えて、宿舎の部屋に入ると、

相部屋の男性が2段ベッドの下に座っていた

頭は禿げ上がり、スウェット上下を着た絵に描いたような「おっさん」で、俺のイメージに怖いくらいマッチしていた。

「・・・こんばんは」

「あっ、あぁ・・・どうも、相部屋の方ですか。よろしくお願いします」

おっさんのかしこまったあいさつは、イメージとは微妙にずれていた。

見た目は父親くらいの年齢に見えたが、20代の俺に対して使われる「敬語」は少々痛々しかった。

「よろしくお願いします」

一応申し訳ない程度に頭を下げた後、俺は用意していた質問をいくつかぶつけてみた。

「・・・あの、タクシーに乗られるんですか」

「えぇ・・・まぁ」

「また、どうして」

お前もタクシー乗るんちゃうんかい、という自問が飛んできた。

「はは・・・こんなこと言うと、笑われるかもしれないけど、実は若い頃からタクシーに乗りたいと思ってたんですよ。

大学出て、就職して数年は企業でシステム関係の部署に入っていたんですが、

なんていうか、ITブームみたいな時代でね、

自分で事業起こしてみようなんていう気になってしまって・・・

そういう時代やったんですよ」

とりあえず、この「禿げたおっさん」が大学を出ていることにびっくりした。

「どちらの企業にお勤めやったんですか?」

「XX電機です」

めっちゃ大手やん。まぁ、そんな気はしたけど。

一応自分もIT関係の仕事をしていたことを話すと、「おっさん」は続けた。

「友人とウェブデザインの会社を立ち上げました。27歳の時でした。

あんな時代でしたから、当初はうまくいきましたよ。

受注をこなすのに精一杯で、新しい引き合いがあるとうんざりしました。

一日中プログラムとにらめっこして、夜になったら新地へ繰り出して取引先と飲み歩きました」

27歳・・・今の俺と同じ歳、

この人は27歳で会社を辞めて起業して、俺はタクシーに乗ろうとしている・・・

「いま・・・おいくつなんですか」

「おっさん」は、この質問が来るのを分かっていたように、禿げ上がった頭を撫でながら爽やかな笑みを浮かべた。

「はは・・・こう見えてもね。まだ35歳なんですよ」

「えっ・・・」

言葉につまった。

あまりビックリしても失礼と思ったが、とにかく言葉が出なかった。

「8年でダメになりました。

いっしょに起業した友人は大手のポータル会社に引き抜かれていきました。

今思えば、数年前から話は出来ていたんですよ。

そこのポータルの仕事が増えて、サイトをアップデートする毎日でした。

取引先の社長は若くて・・・わたしより年下でしたね。

そのうちテレビに出ては、偉そうにITについて吹いていました。

彼は実際何もしてなかったし、ただ学歴ブランド(東大)にメディアが飛びついた感じでした」

あぁ、(最近世間を騒がしている)あの人か。

すぐに分かった。

「おっさん」は続けた。

「そのうち他の仕事を請け負うことが出来ないくらいに忙しくなって、

そのポータル会社の下請けのような形になってしまいました。

忙しいわりに、やりがいがどんどん薄れていって、

楽しいと思っていたウェブデザインの仕事もパターン化された流れ作業のようになっていきました。

そしてある日、わたしの『共同経営者』は他の何人かの従業員と共に引き抜かれ、

仕事は全くなくなりました。

会社に残されたわたしはピエロやったんですよ」

俺は部屋を出て、コンビニへ行って、

両手に持てる限りの酒を買い込んできた。

その夜は・・・いや次の朝まで「おっさん」と飲み明かした

一週間後に俺は卒検を無事通過し、「おっさん」は居残りとなった。

ほとんどの生徒が予定通り卒業していく中で、おっさんは学科は誰よりも優れていたが、

実技がどうにもうまくいかないようだった

鋭角(2種だけの特別関門)と縦列駐車を何度も練習していた。

どうやら彼は居残りが宿命のようだ。

別の会社へ入社予定の「おっさん」と連絡先の交換をして、

俺は教習所を出た。

教習所の前の川沿いに、桜が咲いていた。

14 件のコメント:

  1. はじめまして。

    京都市内で15年になるタクドラです。
    教習所で2種取れるなんて当時から見たら羨ましい限りです。
    私は普通、大型2種両方とも試験場飛び込みでした。
    4月からタクシー新法が施工されましたがまたまた例のM社が問題行動されてます。
    法律なんだから守るより仕方ないと思うんですがね?

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    1. コメントありがとうございます!

      地域にもよりますが、近年飛込みはなかなか難しくなっているようですね(教習所と試験場の癒着か?)。

      M社についてはl、新法によってその企業ビジョン(数による業界凌駕)がほぼ不可能になりました。利用者にとってそれが良いかどうかは別にして、(数が増やせないのであれば)価格戦略のみの利益追求はもはや意味がありません。

      それはM社に限らず、それ(価格)で戦ってきた経営者が知るところでしょう。

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  2. お疲れ様です。

    タクシードライバーには、ほぼ必ず前職が有りますね!

    私のまわりの個タク仲間も【調理師】【銀行員】【パチンコ屋の店長】……私も元は【広告屋】です!

    皆、紆余曲折有ってタクドラになっている訳で……異業種を経験してこそのタクドラ!なのでしょうかね?by提灯行列

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    1. 提灯行列さん

      前職が豊富なのはもちろんですが、前職をこれほど語りたがる業界もタクシーの特色でしょう。

      聞いていたら面白いですし、それ(前職の経験)を糧にして現在の仕事(タクシー)に前向きに取り組んでおられる方もいますが、年配の運転手などは時々「あんたの人生そこで止まってるんちゃうの?」と思うくらいに、前職の仕事や収入について語り続ける人も少なくないですよね。

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  3. どうせならと大型二種を取得しましたが、バス各社募集要項には30万以上可・・・などと平気で書いておりますが、とんでもないはったりです。朝は4時起き~帰宅は22時なんて週2~3回こなしても支給総額25万行くか行かないかです。(勤務先が家の近くの場合でです)おまけに休みは4週6休。(年72日~96日※会社によって若干違います)で基本的に人間らしい生活は出来ないと思って間違いありません。勿論、正月休みや盆休みなど一切ありません。30万稼ぐには、休みを週一日にして早番(4:00起きの15:00帰宅)と超勤(4:00起きの21:00~23:00帰宅を一日おきに繰り返せば何とか行くでしょう。(手取りだと25万程度になってしまいますが)バス運転士になるぐらいなら、東京でタクシー乗務員をやった方が良いと思います。(東京以外は稼ぎも良くない)

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    1. コメントありがとうございます。

      バスも乗務時間制限が年々厳しくなって、環境改善されているようですが、まだまだ厳しいようですね。
      バスに限らず、収入に応じたストレスがあるのものですが、タクシーはそのストレスが比較的小さいと思っています。
      バスからタクシーに「移籍」する話もよく聞きますよ。

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  4. 自身の実力、労働対価がこれほどダイレクトに跳ね返ってくる(見えやすい、わかりやすい)業種は、タクシーが筆頭だと思います。
    月収が何百万円、年収が何千万円なんて、ひとりの人間の労働対価としては違和感だらけでした、自分の場合は。
    タクシーで稼ぎ出す金額が人本来のパフォーマンスに近く、とても人間味を感じ職業だと思うのは僕だけでしょうか。
    タクシーでの収入を許容してくれる家族、世間が正常な社会だと思ったりします(よく落語なんかででてくる「宵越しの銭は持たない」江戸時代の話とか)。
    お茶碗に入るご飯は、人間の胃袋に適正に収まる量なんだと思います。
    日に三度、毎日どんぶり飯をかっ食らっていたら健康を害するのはいわずもがなですよね。  fuka
    brackcabさん、話の続き楽しみにしております!

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    1. コメントありがとうございます。

      >自身の実力、労働対価がこれほどダイレクトに跳ね返ってくる(見えやすい、わかりやすい)業種は、タクシーが筆頭だと思います。

      そういうことですよね。

      >月収が何百万円、年収が何千万円なんて、ひとりの人間の労働対価としては違和感だらけでした、自分の場合は。
      タクシーで稼ぎ出す金額が人本来のパフォーマンスに近く、とても人間味を感じ職業だと思うのは僕だけでしょうか。

      強く同感です。

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  5. 自分も合宿でした。驚いた事に同時期に入校していた人に、アマチュアではありますがレーサーがいました。大型一種はあるけど二種を取りにきている人も。

    鋭角は車体は出てもいい(自分は大型二種だったので)ので
    タイヤの位置がある程度読めないと落ちますね。あれは言葉ではなく
    感覚なので。若くてもダメな人はいますね。

    自分も続きを楽しみにしています。

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    1. ゆーじさん

      >あれは言葉ではなく感覚なので。若くてもダメな人はいますね。

      確かにですね。
      そういう意味では運転はスポーツであり、タクシードライバーは「プロスポーツ選手」と言えるかもしれません。

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  6. 大型二種は本当に難しいですね。しかも車重が凄いので事故を起こしたら大惨事です。教官も一番厳しいですね。田舎は冠婚葬祭でのマイクロバスの仕事が多いので田舎では大型二種持っていると稼げますね。タクシーで稼ごうと思うとやっぱり東京が良いですね。特に大手四社が良いです。特に公務員や芸能人は通勤で事故を起こすとまずいので頻繁にタクシーを使いますし。

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    1. ありがとうございます。

      バス免(大型2種)は近年本当に厳しいようですね。

      しかし大型と小型(普通車)の運転の難しさは種類が違うものであって、普通2種もより厳しくすべきだと思います。
      難しくすることで、若い人たちのチャレンジ意欲をかきたてて業界レベル向上につなげることができると思います。

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  7. 都道府県別営業収入ランキングまたやってください!お願いいたします。

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    1. ありがとうございます!

      あれは東京タクセン資料の引用なんですが(小保方か)またやらせていただきます。

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