仕事にも慣れてきた8月の終わりのある日の乗務のことだった。
タクシー無線は、その流しているエリアから電話があれば、GPSで近い車両に配車されるシステムになっている。
しかし都市のタクシーにとっては、無線はちょっとした宝くじのようなもので、そうそう当たるものではない。
路上で手をあげてくれる近場の客をコツコツ積んでいくことが、営収を作る最もソリッドなメソッド(ややこしいから日本語で書いてくれ)であることが分かってきた頃だった
※客を「積む」というのは一般的なタクシー用語だが、客を荷物のように表現するこの用語は外部(客との会話など)では御法度である
「無線なんてどこに流れてるんですかね・・・前回1本もありませんでしたよ」
出庫前の車庫で、先輩乗務員と話を合わせるために愚痴をこぼしてみた。
ネガティブな響きには、食いつきが良いのがこの業界の車庫談義である。
「あんなもんは、一部のやつらにしっかり握られてるからな。無線欲しかったら事務所に菓子折りでも持っていかなあかんで」
近くにいた「あんたも聞いてたんか」エリアから髪の薄い乗務員が嬉しそうに応えてくれた。
しかし俺の話していた、髪を7・3に分けた「ちょいワルサラリーマン」風の高橋さんは、その乗務員の髪を指差して、
「こいつな、1年前まで髪の毛ふさふさやってんで。それが去年の夏のPLの花火の次の日からいきなり涼しい髪型になってな。こんな奴多いねんで。どっかで『もうええわ』って・・・髪んぐアウトする奴」
「お前人の顔みりゃPLPLって・・・花火となんの関係があんねん」
髪の薄い乗務員は機嫌悪そうに去って行った。
高橋さんは、数年前に「ロード」とかいう歌でブレイクした難しい名前のグループ(虎舞竜)のボーカルの人に似ていた。
俺は邦楽はあまり聞かなかったので、そのボーカルの人がタクシー運転手になっているのかも、と本気で疑っていたほどである。
確か、あの人も名前が高橋・・・(よくある名前ですから)
「無線はな、やっぱりポイントがあんねん。時間と場所、両方がマッチしないとなかなか当たらん。新人には難しいよな。GPSでエリアがどんな形で分けられてるか、なんてことまで頭に入れとかんとあかんからな」
「そこまでして無線もらってメリットってあるんですか?」
「もちろん仕事によるよな。確かに無線は遠方飛ぶ仕事もあるけど、待たされてワンメーターってこともあるからな。えぐい奴らは、どこにどんな仕事があるかまで頭に入れてるよ」
なんとなく分かる。
高橋さんは続けた。
「でも結局そういう情報って、こういった車庫談義でずるずる垂れ流しになっていくからな。気づけば、その時間そのエリアに車がたまって取り合いになる」
「ということは、その周りにスペース(チャンス)が出来たりしませんか」
「スペースか・・・サッカーちゃうけど、その通りや。夕方は堺筋に車がたまる。瓦(町)近辺が面白い」
「ありがとうございます」
若い乗務員を「潰そう」という先輩もいれば、「育てよう」としてくれている先輩もいる。
その辺の「見極め」はこの世界で生きていく上で重要な要素である
その日の乗務で俺は早速夕方松屋町筋を流してみた。
無線が少ないということは、車も少ない。
無線を狙うより、「近場の客をコツコツ積む」回数勝負のセオリーである
この作戦が、夕方から面白いようにはまった。
松屋町を降りて、谷町で上がる。
17、18時代の苦しい時間帯に距離は短いがポンポンとつないでいけた。
そして乗車が落ち着きかけて、辺りも暗くなった20時過ぎ、
鳴らないはずの無線が、
ガ、ガ、ガー
ちょっと感度が悪いが、俺やろか。
スケルチを調整してみる。
「ガ、ガ、ガー・・・こ、こんばんわ・・・お久しぶり・・・」
な、なんやこれ。
女性の声だが、明らかにオペレーターの女性ではない。
そもそも無線指示で挨拶するわけない。
「あのときの・・・神社まで来てもらえますか・・・ガ、ガ、ガー」
タクシー無線は、その流しているエリアから電話があれば、GPSで近い車両に配車されるシステムになっている。
しかし都市のタクシーにとっては、無線はちょっとした宝くじのようなもので、そうそう当たるものではない。
路上で手をあげてくれる近場の客をコツコツ積んでいくことが、営収を作る最もソリッドなメソッド(ややこしいから日本語で書いてくれ)であることが分かってきた頃だった
※客を「積む」というのは一般的なタクシー用語だが、客を荷物のように表現するこの用語は外部(客との会話など)では御法度である
「無線なんてどこに流れてるんですかね・・・前回1本もありませんでしたよ」
出庫前の車庫で、先輩乗務員と話を合わせるために愚痴をこぼしてみた。
ネガティブな響きには、食いつきが良いのがこの業界の車庫談義である。
「あんなもんは、一部のやつらにしっかり握られてるからな。無線欲しかったら事務所に菓子折りでも持っていかなあかんで」
近くにいた「あんたも聞いてたんか」エリアから髪の薄い乗務員が嬉しそうに応えてくれた。
しかし俺の話していた、髪を7・3に分けた「ちょいワルサラリーマン」風の高橋さんは、その乗務員の髪を指差して、
「こいつな、1年前まで髪の毛ふさふさやってんで。それが去年の夏のPLの花火の次の日からいきなり涼しい髪型になってな。こんな奴多いねんで。どっかで『もうええわ』って・・・髪んぐアウトする奴」
「お前人の顔みりゃPLPLって・・・花火となんの関係があんねん」
髪の薄い乗務員は機嫌悪そうに去って行った。
高橋さんは、数年前に「ロード」とかいう歌でブレイクした難しい名前のグループ(虎舞竜)のボーカルの人に似ていた。
俺は邦楽はあまり聞かなかったので、そのボーカルの人がタクシー運転手になっているのかも、と本気で疑っていたほどである。
確か、あの人も名前が高橋・・・(よくある名前ですから)
「無線はな、やっぱりポイントがあんねん。時間と場所、両方がマッチしないとなかなか当たらん。新人には難しいよな。GPSでエリアがどんな形で分けられてるか、なんてことまで頭に入れとかんとあかんからな」
「そこまでして無線もらってメリットってあるんですか?」
「もちろん仕事によるよな。確かに無線は遠方飛ぶ仕事もあるけど、待たされてワンメーターってこともあるからな。えぐい奴らは、どこにどんな仕事があるかまで頭に入れてるよ」
なんとなく分かる。
高橋さんは続けた。
「でも結局そういう情報って、こういった車庫談義でずるずる垂れ流しになっていくからな。気づけば、その時間そのエリアに車がたまって取り合いになる」
「ということは、その周りにスペース(チャンス)が出来たりしませんか」
「スペースか・・・サッカーちゃうけど、その通りや。夕方は堺筋に車がたまる。瓦(町)近辺が面白い」
「ありがとうございます」
若い乗務員を「潰そう」という先輩もいれば、「育てよう」としてくれている先輩もいる。
その辺の「見極め」はこの世界で生きていく上で重要な要素である
その日の乗務で俺は早速夕方松屋町筋を流してみた。
無線が少ないということは、車も少ない。
無線を狙うより、「近場の客をコツコツ積む」回数勝負のセオリーである
この作戦が、夕方から面白いようにはまった。
松屋町を降りて、谷町で上がる。
17、18時代の苦しい時間帯に距離は短いがポンポンとつないでいけた。
そして乗車が落ち着きかけて、辺りも暗くなった20時過ぎ、
鳴らないはずの無線が、
ガ、ガ、ガー
ちょっと感度が悪いが、俺やろか。
スケルチを調整してみる。
「ガ、ガ、ガー・・・こ、こんばんわ・・・お久しぶり・・・」
な、なんやこれ。
女性の声だが、明らかにオペレーターの女性ではない。
そもそも無線指示で挨拶するわけない。
「あのときの・・・神社まで来てもらえますか・・・ガ、ガ、ガー」