2014年3月11日火曜日

タクシーストーリー④~面接

タバコの匂いがした。

地域ではそれなりに知られているタクシー会社で、利用したことも何度かあるが、

プレハブ作りの事務所に来るのは、もちろん初めてだった。

(タクシー会社って意外と儲かってないんかな・・・)

イメージとはちょっと違ったが、意外とテンションはそれほど下がらなかった。

「AIPソリューション?何する会社これ?」

プレハブの狭い事務所の隅に、セパレーターで囲ってあるだけのスペースで面接は始まった。

電話で横柄な対応をした「所長らしき人物」は、電話での印象とは違い、小柄で神経質そうな表情で、老眼鏡のような眼鏡をかけて履歴書に目を落としていた。

「はい、海外の企業が日本に拠点を構える際に、自国で使用しているシステムと日本のシステムとの互換性を構築して・・・」

所長らしき人物は顔の前で大きく手を振って遮った。

「よくわからんから、もういい。タクシーに全く関係ないことだけは分かった。アメリカの大学出てるんか?」

「はい」

「それで何でまたタクシーに乗りたいと思ったの?」

やっぱりそこ聞くか。

なんて説明しよか・・・

「はい・・・今は技術系の仕事してるんですけど、一日中コンピューターに向かって仕事してるとなんか世間に取り残されているような気がしてきて。今の会社でもいろんな提案はするんですけど、ほとんど聞き入れられずに、パターン化してきてるようなところもあって。そういった部分で上司とぶつかることもあって・・・

なんかこう、うまく説明出来ないんですけど、外の景色を見ながら、生きてる情報に接しながら仕事がしたいと思って、それがタク・・・」

「よく分かった、要するに人間関係ね。よくあるよ。っていうか、ここに来る連中そればっか。まあ、とりあえず免許証見せてくれる?」

 
「め、免許証ですか?」



いきなり免許証の提示を迫られ、俺は「聞いてないよ・・・(電車で来てるし)」と思いながら、ポケットに手を入れた。

「まさかドライバーになろうっていう人が免許証持ってきてないなんてことはないやろね」

鬼の首でも取ったかのように満足気な笑みを浮かべる「所長らしき人物」の横に座っていたのは、見た目40代の、色の黒い小太りの男性だった。

その小太りの男性は何も言わず、ずっとただ目を下に落として何かをメモしているようだった。

ポケットを探っている俺を横目に、所長らしき人物は続けた。

「免許証も持ってないんなら、今日の面接は出来へんけど・・・」

「いえ・・・あ、ありました」

俺はポケットのカード入れから免許証を出して渡した。

所長らしき人物はじっとその免許証を見ていた。

「ふん・・・ふん、分かりました。2種は持ってないんやね?」

「はい」

セパレーターの向こうから、パートらしき女性が俺の免許証をコピーするために入ってきた。

ずっと話聞いてたんかよ・・・

「まあ、免許取って7年経ってるから(2種)取得は可能ですよ。うちの提携の教習所で取ることも出来るけど、どうする?」

「どうするって・・・求人欄に書いてあったんで、取らせて頂こうと思って来たんですけど」

「自分で取って来てもええんやで」

「いや・・・自分でって、こちらで取らせてもらえるもんだと・・・」

「金かかるよ」

「金??ですか。『2種取得可』って書いてあったんで」

「『無料』なんて書いてあったか?」

「いえ・・・それは」

「あんたが教習所に行って、あんたの名前で免許証作るわけやから、当然金はかかりますよ」

 ちょっと戸惑ったが、言われてみれば確かにそうだ。

2種免許取得をちょっとした企業研修みたいな感覚で捉えていたが、考えてみれば2種免許を取ればそれはこの会社だけでなく、日本中のタクシー会社で通じることになる。

「どのくらい(お金が)かかるもんなんですか?」

「そりゃ、あんたの頑張りかたにもよるけど、20~30万かな」

えー!そんなにかかるの?

講習受けて、2~3万で取れるもんやと思ってた。

「自分で行ったら、もっとかかるわけですか?」

自分で取りに行くなんて考えてもなかったが、一応聞いてみた。

「いや、自分で飛び込みで行ったら、(となりの男性に聞きながら)一回7千円くらいか? うまく行けば諸費用込みで数万で取れるんちゃうの」

そこで初めて「となりの男性(トトロか)」が口を開いた。

「飛び込み受験は実際は1回で受かることはほとんどありませんし、最近は年々厳しくなっているのが現状です。こちらで取得した場合も、もちろん費用はかかりますが、2年間で償却していく形を取らせてもらってます」

「償却?ですか」

「はい、例えば取得費用が24万円かかったとします。

何らかの事情で3ヶ月で辞められたときには、3か月分の3万円を差し引いて21万円を負担してもらいます。

しかし、2年間24ヶ月勤められたときには全額が償却されて負担はなくなります」

なんだよ。先に言ってくれよ。

最初から、数ヶ月で辞めるっていう設定で(自費取得)迫るなよ。

それにしてもこの「となりのトトロ」、見かけによらず出来そうやな・・・

「あぁ、そうなんですか。それならこちらでお願いします」

所長らしき人物は、眼鏡の奥の目をきつく光らせた。

「本当に、大丈夫?」

俺はその目をしっかり見て、言った。

「はい・・・多分」

4 件のコメント:

  1. 小説という表現ですね。自分は大型二種をとってから面接行きました。
    ストレートと言うと、驚いてましたね。

    そういう縛りを僕は知っていたからです。
    >それにしてもこの「となりのトトロ」、見かけによらず出来そうやな・・・

    よくしゃべる人間は、自分を大きくみせるために多弁になりますが
    よく考えて口を開く人は、意外に核心をついてきますね。

    この物語では所長さんは、どうせこいつも逃げるだろうな・・・
    ぐらいに考えているのでしょう。それがその所長さんの経験だし、限界なのでしょう。

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    1. ゆーじさん

      2種免許取得支援はほとんどの会社で行っていますし、上に書いたようにある期間勤めれば負担はありません。

      それなら会社で取らせてもらった方が得か?というと、必ずしも言い切れないんですよね。なんやかんや言って貸し借りの関係になりますから。

      わたしも2種持ちで入社しました。
      縛りの期間に限らず、いつ辞めても良い。(会社に)借りはない、という精神的なゆとりが一番のメリットかもしれません。

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  2. お疲れ様です。

    今は二種免許にも実地試験免除の教習所が有るんですね。(かなり前からでしょうか?)
    私が取得した時代は試験場での【一発】のみでした。10回以上落ちた人がたくさん居て独特の雰囲気を醸し出していたのを覚えています。

    余談ですが、私は奇跡的に1回で合格して会社で驚かれた記憶があります。(運転は決して上手くなかったのですが……。)

    今後の物語の展開が気になります(笑)by提灯行列

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    1. 提灯行列さん

      >私は奇跡的に1回で合格して

      時代は違えど、手放しですごいですね。

      まあ、こういう話を聞いて「俺も・・・(もしかしたら)」と考えるのは危険かもしれませんよ。
      テレビでイチローの打撃を観て、「俺にも出来そう・・・」と思うのに近いですね。

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