その日は暑かった。
タクシーの外に出たら暑いので、昼間からずっと冷房を最大にして、流すのもうんざりして、あまり人の来ない駅の待機に入ってスマホで時間をつぶしていた。
この駅は主要駅の間にある小さな駅でタクシーの待機は少ない。
待機が少ないということは、客も少ないのだが…
この日も15時ころに待機に入ると、待っていたのは聞いたこともないような会社の車両が1台あったのみ、2台目につけた。
そもそも普段入らないような駅の待機は、どこに停めて待ったら良いかも分からない。
適当に車を停めて、車を降りて前に停めている車両へ挨拶へ行く。
何年かタクシーに乗っていると、これは意外と大事な行為である。
駅の待機など基本自由ではあるが、主要駅はなわばりが張られていて、新入りが来れば常連たちの矢のような「視線」の洗礼を浴びることになる。
空港など入った日には、トイレに行っている間にタイヤがぺしゃんこになっていたなんていう類の話もよく聞くので、とても近寄る気にならない。
だから待機で少し休みたいときには、なるべく小さな、待機の少ない駅を選ぶ。
しかし初めて入った駅で挨拶もせずにいると、いつの間にか気まずい空気が流れていて、居心地が悪くなる。
だから待機の並び方を聞く口実に、コミュニケーションを取るのが得策ということに最近気づいてきた。
「すみません、待機って、あのあたりで良いですかね?」
窓を開けた年配の運転手は、後方にタクシーが停まっていることに初めて気づいたように、持っていた女性誌を助手席に置いた。
「あぁ…、良いんちゃう」
一通り自分の顔を品定めするように、顔と目をぐるりとまわし、再び女性誌に手をかけた。
「ありがとうございます!後ろに待機が来たら、少し前に詰めますね」
コミュニケーションは一瞬で良い。
そう思っている俺が車に戻ろうとすると、年配の運転手が言った。
「待機なんて、こーへんわ。自分、なんも知らんのか」
「はい?」
「ここは大きな駅ちゃうから、昼間も客なんてほとんど乗らへん。1時間に1本あれば良い方や」
駅の待機に入ると、よく聞くフレーズである。
要するに、ここは客が少ない→入ってくんな、というバリアを張るのである。
「いえ分かってます。5時までに1本積めたらよいかと思って」
精一杯の笑顔を作って答えると、
「あー、分かった。それで休憩か」
「そのつもりです」
このおっちゃんは5時までには帰るやろ。誰もいなければ、そのあともう一回入ったろかと密かに考えていた。
「そうか、そんなら良いねん。暗くなったら、この駅には近づくなよ」
ここまで露骨にバリアを張る言動も珍しい。
「なんでですか?」
年配の運転手は眉をひそめる。
「あんた、ほんまに知らんのか?」
「何を、ですか?」
気づくと年配運転手の車の後ろに、少し小ぎれいな女性が立っていた。
「悪いな、行くわ」
「はい」
窓を閉めようとして、一度止まり、年配運転手は言った。
「ここは、出んのや、だから、誰もこない」
窓を閉め、女性が乗車すると、ベテランらしき運転手は信じられないくらいゆっくりとしたスピードで発進していった。